サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
オレハマッテルゼ
【2006年 高松宮記念】一途に勝機を待ち続けた愛すべきヒーロー
決して派手ではなかったけれど、常に懸命な闘志を燃やしてロングラン興行を続けたオレハマッテルゼ。石原裕次郎が主役を演じた同名の映画「俺は待ってるぜ」と同様、多くのファンに愛される名作だった。
父は日本競馬を一新させたサンデーサイレンス。母カーリーエンジェル(その父ジャッジアンジェルーチ)は未勝利に終わったが、祖母はオークス馬のダイナカールだ。同馬の姉弟にエガオヲミセテ(阪神牝馬特別、マイラーズC)、フラアンジェリコ(京成杯AH)ら。エアグルーヴ(オークス、天皇賞・秋、アドマイヤグルーヴやルーラーシップの母)が叔母にあたる豪華な一族である。
素直な性格ながら、若駒時代は体質の弱さを抱えていたオレハマッテルゼ。3歳の5月、中京(芝2000m)で迎えたデビュー戦は11着に終わった。4戦目(小倉の芝2000m)で初勝利。以降も崩れずに健闘し、4歳1月に500万下(小倉の芝1800m)を卒業した。このころになってソエの不安も解消。しっかり調教を積めるようになった。マイルや7ハロンで安定した先行力を発揮するようになり、富嶽賞、保津峡特別、甲斐駒特別、晩春Sと順調に勝ち鞍を重ねていく。
初の重賞挑戦となったのが5歳時の京王杯SC。レコードタイムで優勝したアサクサデンエンには突き放されたものの、きっちり2着を確保する。安田記念(11着)へも駒を進めた。
リフレッシュ明けとなったキャピタルSを押し切り、タイトル奪取は時間の問題と思われたが、真面目すぎて行きたがる課題も残っていた。京都金杯(11着)、東京新聞杯(クビ差の2着)、阪急杯(3着)と歩み、初の6ハロン戦、高松宮記念へ。好位から力強く抜け出し、晴れてG1の栄光を手にした。
鞍上の柴田善臣騎手は、ここまでの7戦ですべて3着以内に導いていた最も気が合うパートナー。こう安堵の笑みを浮かべた。
「返し馬からカリカリせず、かといってキビキビ動け、ベストの状態に仕上がっていると感じていた。もともとスタートが速く、1400mだった前走の内容からも、距離短縮には十分に対応できると見ていたんだ。中団より前の好位置をスムーズに運べたように、左回りも合っている。直線ではどこを抜け出そうかと思うくらいの手応え。着差はクビでも、負ける気はしなかったなぁ」
勢いに乗って京王杯SCも連勝。他馬より2キロ増の59キロを課せられながら、マイペースの逃げを打ち、競走生活で最大のリード(2馬身差)を広げた。
結局、この一戦が心身のピークだった。ラストランとなった翌秋の富士S(9着)まで、11連敗を喫してしまう。そのなかでも、高松宮記念(5着)や京王杯SC(クビ+クビ差の3着)では、思い出の舞台で意地を見せている。
ハナズゴールがオーストラリアのG1・オールエイジドSを制覇し、種牡馬としても評価を高めたオレハマッテルゼ。産駒が活躍し始めた矢先に早世したのが惜しまれる。きっと天国でファミリーの繁栄を見守っているに違いない。