サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

エーシンヴァーゴウ

【2011年 アイビスサマーダッシュ】一直線に突き進む灼熱の乙女

 ハイレベルな戦いが繰り広げられた2011年のサマースプリントシリーズ。チャンピオンの座を手にしたのはエーシンヴァーゴウだった。灼熱の季節が似合う個性派である。

 父は牝が走ることで知られるファルブラヴ。自身は8ハロンから12ハロンまでのG1を8勝しているが、短距離重賞を4勝したワンカラットなど、スプリンターも送り出している。母カンザスガール(その父サンダーガルチ)はキーンランド社のトレーニグセール出身。ダート1200mで2勝した。

 岡山の栄進牧場久世育成センターより、2歳10月に栗東へ。単に速いだけでなく、イメージ以上にフォームが伸び、奥の深さも予感させられたと小崎憲調教師は振り返る。だが、最大の課題は激しい気性。調整には苦労が付きまとった。

「強引に仕向けたりしたら、もう人を寄せ付けません。頭絡をかけるにしても、バンテージを巻くにしても、一度、失敗したら先に進まない。担当者は手順のパターンをいろいろ準備して、根気強く接していましたよ」

 11月の新馬(京都のダート1400m)は砂を被って嫌がり、7着に敗退。以降は芝1200mに的を絞って出走を続ける。翌週の京都であっさり初勝利を飾ったが、ゲートに入ろうとしなかったことから発走再審査の制裁を受けた。翌春の阪神で戦列に復帰したものの、外へ逃げようとして3着。続く2戦も鞍上と呼吸が合わず、2着に惜敗する。6月の京都で挙げた2勝目は5馬身差の楽勝。ところが、阪神ドリームプレミアムでは13着に沈んでいるように、危うさも同居していた。

「普段の扱いと同様、制御が難しい。修正しようとすれば、逆を向いて反抗しますからね。力を出し切っていないのは明らかで、なんとも歯がゆい状況でしたが、できるだけテンションを上げないよう、ゆったりしたローションを組みました」

 3歳の秋シーズンは3戦を消化。2戦で1000万クラスを卒業する。ただし、初コースとなった中山ウインタープレミアムでは11着に大敗。環境の変化にも弱かった。

「3か月半のリフレッシュ放牧後は、オラシオンS、ルミエールSと連勝。小倉、新潟と前日輸送で転戦しながら、きっちり結果を出せました。ようやく地道な積み重ねが実を結びつつある手応えを得ましたよ。もともと重賞級の素質を感じていた馬に、ストレートに力を発揮できる下地が備わってきたんです」

 初めて挑戦した重賞がアイビスサマーダッシュ。口がデリケートでコーナーリングは苦手。〝直千〟はベストの条件だった。不利とされる内枠(3番ゲート)からのスタートとなったが、ファンも実力を認め、1番人気に推される。

 2ハロン目より10秒0、10秒5、10秒0と高速ラップが刻まれるなか、馬なりで7番手を追走。各馬がトップギアに切り替えても、追い出しを待つ余裕があった。満を持してスパートすると、ラチ沿いを粘る先行集団を内から鋭く交わし去り、2着にコンマ3秒の差を付けてゴール板に到達。電撃の5ハロン戦とは思えない楽勝だった。

 北九州記念は半馬身+クビ差の3着に敗れたとはいえ、55・5キロのハンデや厳しい展開を考えれば、優秀な内容だった。引き続き状態も安定。セントライト記念へと駒を進める。

 前走に続き、楽な手応えで先行。行きたがるのをなだめながら運んだが、勝負どころでも余力はたっぷり残っていた。外に逃げ気味になっても、直線はしっかりした伸びが持続。いったん交わされかかったものの、そこからが渋太く、きっちり凌ぎ切った。狙い通りに2つ目のタイトル奪取がかなう。

 スプリンターズSでも3着に食い込み、実力を証明。それ以降は未勝利に終わったが、非凡なダッシュ力に寄せる陣営の信頼は揺らぐことがなかった。5歳春にはドバイに渡り、直線1000mのアルクォズスプリント(12着)に挑戦。5歳時のアイビスサマーダッシュでも3着して存在感を示した。

 全天でもひと際、鮮やかな星座(ヴァーゴウとは乙女座の意味)のごとく、夏の電撃戦に燦然と輝きを放った同馬。繁殖としては、いまのところJRAで勝ち上がった産駒を送り出せていないが、そろそろ大物が登場しそうな予感がする。