サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
エイシンヒカリ
【2015年 エプソムカップ】果てしない夢へと加速する光速の超特急
驚異の末脚を繰り出したディープインパクトが父ながら、圧倒的な先行力で世界にその名を轟かせたエイシンヒカリ。キズナやアユサンなどを送り出し、抜群の相性を誇るストームキャットの肌との組み合わせである。母キャタリナ(米3勝)は、米G1のサンタアニタHを制したサービューフォートの半妹。同馬の兄姉にエーシンピーシー(3勝、スプリングSを3着)、エーシンクールディ(5勝、地方へ転出後に10勝)、エーシンシャラク(2勝、地方18勝)らがいる。
「配合によって、いろいろなタイプを出す繁殖。半兄のエーシンフィネース(未勝利)も手がけたが、体が重すぎて走れなかった。当歳で出会ったころは小柄だったし、この仔はまったく逆のイメージ。想像以上に大きく育ったけど、ディープらしい軽さや柔軟性が生きている。ただ、体質は繊細。いかにも晩生に思われたね。岡山(栄進牧場久世育成センター)での乗り込みは慎重に進められたんだ」
と、坂口正則調教師は若駒時代を振り返る。
3歳1月の入厩後も段階を踏んでペースアップ。本格的な追い切りに移行すると、馬なりでも好タイムを連発していた。4月の京都(芝1800m)でデビュー。好位をロスなく立ち回り、いきなり5馬身差の圧勝劇を演じる。
昇級戦(京都の芝1800m)も、3馬身のリードを保ってゴールした。古馬相手の三木特別も、ダッシュ力の違いでハナを奪い、ラストは32秒8の鋭さを発揮。後続を3馬身半も突き放した。
「前向きな気性だけに仕上げやすいとはいえ、先々を見据えて余裕残しで送り出したのに。完成度を考えれば、信じられない強さだった。レースを経験してテンションが上がるのを心配していたが、なんとか我慢できたしね。逃げるのが好きで、行くしかないなか、一生懸命に全力を尽くしてくれる」
秋シーズンもノンストップで突き進み、ムーンライトハンデキャップを完勝。アイルランドTまで5連勝を飾った。馬任せでも大きく馬群を引き離し、直線は外へ外へと逃げる若さを見せたのにもかかわらず、3馬身半の差を付けている。
後方勢に有利な流れとなり、チャレンジCは9着。初の敗戦を喫しても、ますます闘志が高まっていった。都大路Sに続き、エプソムCを制覇。後続を引き付けながら、最後まで勢いは衰えず、順当に重賞の勲章を奪取した。
「成長を促しながら、丁寧にレースを教え込んできたなか、だいぶ落ち着きを増してきた。4歳の秋になったら、薄かった体に幅が出て、どんどんパワーアップ。まだまだ奥が見込め、夢はふくらむ一方だった」
マイペースを貫き、毎日王冠も手中に収める。しかも、危なげないパフォーマンス。待機勢に影を踏ませなかった。先手を奪えない誤算が響き、天皇賞・秋は9着に終わったが、香港Cを好タイムで制し、念願のG1勝ちを果たした。
翌春はヨーロッパに渡り、仏G1・イスパーン賞に優勝。後続に10馬身もの差を付ける衝撃的な内容であり、直後の「ワールドベストレースホースランキング」で1位を獲得する。
「輸送は堪えなかったし、スムーズに態勢を整えることができた。シャンティイ調教場は森に囲まれた精神面にやさしい環境だから、とてもリラックスしていたよ。装鞍するあたりから燃えるけれど、こちらと違いパドックの周回時間が短く、すぐに馬場へ出られるのは好都合。リクエストすれば、いろいろ融通が利くしね。スタートでスムーズさを欠き、ハナを切れなかったので心配したが、馬場のいい外目を回れたのが勝因。それにしても、強かった」
アスコット競馬場は格段に力を要する馬場。プリンスオブウェールズS(6着)で苦杯を喫したとはいえ、天才的な才能は決して色褪せない。以降は天皇賞・秋(12着)、香港C(10着)と結果を残せなかったが、余力を残して種牡馬入りした。
なかなか大物を送り出せずにいるが、誰よりも成功を願っているのが、すでにトレーナーを引退した馬づくりのベテラン。こう熱いエールを送る。
「個性的なぶんも愛着が深くて。長い間、この世界にいても、こんな馬と出会えるなんて、信じられなかったなぁ。魅力的な血統背景のうえ、実績も十分。いまの競馬に不可欠なスピードがあり、大物が登場しても不思議はないと思う」