サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
エーシンモアオバー
【2014年 白山大賞典】もっと上へ、不屈の闘志を燃やして
2歳11月に迎えた新馬(京都の芝1600m)をクビ差の2着に健闘したエーシンモアオバー。だが、以降の8戦は、あと一歩で勝利をつかめずにいた。
「岡山の栄進牧場で乗り始めたころ。30頭くらい預託候補がいたなかから、バランスが取れたスタイルに惹かれて選ばせてもらいました。ただし、体質に弱さが目立ち、明らかに晩生だと思わせましたね」
と、管理した沖芳夫調教師は育成時代を振り返る。
2019年に定年を迎える直前まで追い切りやゲート試験を含め、連日、調教に跨り続けた沖調教師。入厩当初の乗り味を訊くと、こんな答えが返ってきた。
「全体的に緩かったですし、日常的に躓きそうになりました。肩口の化骨が遅かったうえ、右前の蹄を気にする素振りもあり、特殊鉄を装着。精神的にも若く、しきりに物見して、助手を振り落としたことも。デビューまでの2か月余り、慎重に仕上げる必要がありましたよ」
デビュー戦に向けて追い切りに跨ったミルコ・デムーロ騎手は、「本当にこれで出走させるの」と、首を傾げたほどだった。その後も強い負荷をかけられる状況にはなかったが、馬は辛抱強く走り続けた。
勝利をつかんだのは初ダートとなった3歳6月の札幌。しかも、後続を7馬身も置き去りにした。続く500万下も快勝。千歳特別を鮮やかに逃げ切ると、果敢にオープンのしらかばSに挑み、古馬の強豪も完封してしまった。
「札幌でも芝を使うつもりでした。もまれたのが影響した2戦目(阪神の芝1800m、13着)と、レース中の落鉄にした中京(芝2000mを9着)を除けば、掲示板を確保していますからね。投票間際になって変更したのは、かなりの好メンバーが揃ったため。血統らしさが生きた結果とはいえ、まさか4連勝するなんて」
長距離G1を3勝したマンハッタンカフェの産駒。ターフのトップクラスのみならず、グレープブランデー(ジャパンダートダービー、フェブラリーS)をはじめ、砂巧者も輩出している。母オレゴンガール(その父ルビアノ)はダート短距離で6勝をマーク。同馬の全弟にあたるエイシンハドソンは長めのターフで4勝したが、地方での良績が目立つ母系である。
さらにブラジルCでオープンを連勝。浦和記念(5着)を経て放牧を挟み、2戦して調子を上げ、マリーンSに勝利。しらかばS(2着)、エルムS(3着)と好走を重ねた。
5歳シーズンも北海道に照準を定め、大沼Sを押し切る。ブリーダーズGCも3着に逃げ粘った。ハナに立ってマークされながらも、しらかばS(2着)、エルムS(3着)、浦和記念(4着)、名古屋グランプリ(2着)など、あと一歩に健闘した。
6歳時にもマリーンSを勝ち切る。エルムS(4着)、白山大賞典(3着)、浦和記念(2着)と、ますます充実。そして、ついに名古屋グランプリで初のタイトル奪取に成功した。しかも、2番手から抜け出して相手をねじ伏せる秀逸な内容。スタミナ強化は明らかだった。
佐賀記念(2着)、名古屋大賞典(2着)、エルムS(2着)など、7歳時も決して崩れず、白山大賞典に優勝。翌年も連覇を達成する。
「こんな奥が深いなんて。驚くしかなかったですよ。晩年になり、ようやく爪の不安が解消。キャリアを積むごと強靭さを増してきました。ずいぶんボリュームアップしましたが、依然として伸びる手応えがありましたね。ほんと頭が下がります」
2度目の名古屋グランプリ制覇が最後の栄光。9歳になっても、エルムSを3着、白山大賞典に2着。ラストランは思い出の名古屋グランプリ(5着)だった。
全54戦(12勝)を懸命に駆け抜けたエーシンモアオバー。種牡馬としては目立った活躍馬を送り出せず、2020年以降は功労馬として余生を送っていたが、2022年、天国へと旅立ってしまった。それでも、もっと上へと闘志を燃やし続けた姿は、いまでもくっきりと目に焼き付いている。