サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

エーシンメンフィス

【2012年 愛知杯】驚きのスピードを発揮したパワフルな帰国子女

 愛知杯の施行時期(1月)、重賞格付(G3)、距離(芝2000m)、負担重量(ハンデキャップ戦)を引き継ぐかたちで実施されることとなった小倉牝馬ステークス。波乱が付きまとう旧・愛知杯の歴史のなかでも、いまでも驚きを伴って蘇ってくるのがエーシンメンフィスのパフォーマンス。格上挑戦だったのにもかかわらず、あっさり逃げ切りを決めた。

 同馬の母は、ファンタジーSやセントウルSを制した快速馬だったテネシーガール(その父パインブラフ)。アメリカに渡って繁殖生活を送っていた際、レイチェルアレクサンドラ(米年度代表馬)らの父として知られる人気サイアー、メダグリアドーロが配されて誕生した。同馬は持ち込みだが、半姉には“マル外”のエーシントゥルボー(3勝)がいる。

「血統的な期待だけでなく、生まれた直後に見ても整ったバランスをしていた。ただし、大きく育ったとはいっても、女の子らしい繊細さが付きまとったよ。体質が弱かったし、精神面も過敏。他馬がしっぽを振っただけで怖がってしまう。3歳の6月(阪神のダート1200mを8着)にはデビューにこぎつけたが、なかなか攻め切れない状況だった」
 と、管理した野中賢二調教師は若駒当時を振り返る。

 固まっていない脚元に配慮し、11戦続けてダートへ。3歳9月の小倉、ダート1700mで未勝利を脱出すると、続く阪神のダート1800mも連勝した。その後は3度の放牧を挟んで成長を促しながら歩み、4歳10月に新潟のダート1800mを勝ち上がる。

「ようやく心身が大人になり、坂路でそろっと仕上げる段階を卒業。コースも併用し、しっかり鍛えられるようになった。それで、ずっと試したかった芝へ目を向けたんだ」

 12番人気の低評価を跳ね返し、衣笠特別を鮮やかに逃げ切り。だが、不良馬場に助けられたとの見方もあり、ハンデ51キロの恵量にもかかわらず、愛知杯も7番人気にすぎなかった。

 ここでもハナを主張。競りかけてくる馬もなく、5ハロン通過が64秒5というスローに持ち込んだ。楽な手応えで直線に向き、早めにスパート。ラスト2ハロン目は11秒0の鋭さで後続を突き放す。1馬身半の差を付け、ゴールに飛び込んだ。ターフ2戦目にして、みごと重賞ウイナーに輝く。

「もともとキャンターが軽いし、併せ馬で追い切ると終いもすばらしい伸び。肉体面の充実が著しく、ここでも通用する。手応えはあった。それでも、想像以上の強さに、ゴールが迫っても声は出なかったね」

 続く京都牝馬Sでは大外を豪快に追い込み、2着を確保。勝ち馬には離されたとはいえ、インが伸びる馬場状態だった。初のマイルに加え、良の芝を走るのも初めて。スローの決め手比べにも対応し、イメージを一新させる。

「リズム良く脚をためられれば、ある程度は瞬発力を生かせると見て、控える戦法を試すつもりだった。それでも、あんな位置取りになるとは。もちろん、ラストの反応にもびっくりさせられたよ。本来の適性などは、結局、最後までつかみ切れなかったなぁ」

 調教はますます快調。しかし、精神的にはもろさも抱えていた。マイラーズC(17着)、ヴィクトリアマイル(9着)、マーメイドS(9着)と低迷。レース運びに関する課題に関しても、キャリアを積めば解消に向かうと思われたものの、以降は態勢が整わず、繁殖入りすることとなった。

 最盛期が短かった反面、愛知杯での一撃はいつまでも鮮明なまま。いまのところJRAで勝利した産駒はイルヴェントドーロ(2勝)のみだが、そろそろ母の隠された才能を受け継いだ大物が登場しそうな予感がする。