サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

エスポワールシチー

【2009年 ジャパンカップダート】希望に満ちたチャンピオンの進撃

 ダート界に一時代を築いたエスポワールシチー。G1級を9勝したうち、7つがマイル(フェブラリーS、かしわ記念3回、南部杯3回)で挙げたもの。砂路線向きのパワーだけでなく、非凡なスピードが持ち味だった。管理した安達昭夫調教師は、こう若駒時代を振り返る。

「ダートで圧倒的な強さを誇ったゴールドアリュールの産駒ですし、母エミネントシチー(その父ブライアンズタイム、3勝)も砂巧者。それでも、当初は芝向きと見込んでいました。馬格の割には細めのスタイルで、パワー不足に映ったんです」

 3歳3月、阪神の芝1600mでデビュー。調教でも好タイムをマークし、1番人気に推されたが、伸び切れずに3着だった。その後も堅実に走り続けたとはいえ、詰めの甘さが目立つ。待望の初勝利をつかんだのは、6戦目となる小倉の芝1200mだった。

「このころになると、ようやく丸みが出ましたし、全身がかちっとしてきて、ずいぶん雰囲気が変わってきましたよ。これならばダートもいいかなと思い始めました」

 デビュー以来、じわじわと体重を減らしてきたのに、滞在効果もあって一気に20キロ近く増加する。しかも、調教を強化してのこと。イレ込みがちだった精神面も徐々に安定してきた。

 昇級戦で7着に敗れたことで、目先を変えてみるのにはちょうど良いタイミングが到来した。8月にはダート1700mへ。これが圧巻だった。楽々とハナを切り、7馬身差の快勝。西脇特別もあっさり押し切ると、錦秋S、さらにトパーズSと一気の4連勝を飾った。

「あまりの強さを目の当たりにして、びっくりしたというのが正直なところ。うれしい誤算でしたね。まだトモに弱さが残る状況でしたし、力任せに走ってしまい、右回りでは外にふくらみがち。進歩する余地はかなりのこされていましたよ」

 平安S(クビ差の2着)ではダートで初の敗戦を喫したが、続くフェブラリーS(4着)でもレコードで制したサクセスブロッケンからコンマ2秒差に粘る。ついに重賞制覇がかなったのが、マーチS。57・5キロのハンデを課せられながら、3番手から力強く抜け出した。

 賞金を加算できたことで、G1に的を絞って出走する。降雨で脚抜きが良い馬場だったとはいえ、かしわ記念は前半の3ハロンが34秒7というハイペース。これまでと違い、中団の追走となっても、佐藤哲三騎手は慌てなかった。3コーナーから進出を開始し、懸命に食い下がるカネヒキリを振り切ってゴール。ついにチャンピオンに上り詰めた。

 南部杯も楽々と突破。そして、JCダートでは生涯最高といえるパフォーマンスを披露する。少し仕掛けただけで行き脚が付き、1コーナーでは先頭に立つ。楽な手応えで折り合い、追い出すタイミングを計るのみだった。直線は3馬身半もリードを広げた。4歳にして、JRA賞最優秀ダートホースに輝く。

「テンションが上がりやすい気性に配慮し、目一杯の仕上げを施していたわけではなかったのですが、心身ともにどんどん進歩。佐藤哲三騎手が連日、調教に跨り、丁寧に教え込んでいましたからね」
さらに、かしわ記念の連覇を果たした。

 さらにフェブラリーS、かしわ記念も堂々と連勝。ところが、王者に変調が表れ、得意の左回りにもかかわらず、南部杯(2着)ではコーナーで置かれ気味となった。ブリーダーズCクラシック(10着)への挑戦も過酷なものであり、慣れないスパイク鉄を履いたこともあって、大きなダメージを受ける。長旅で精神的にも疲弊。帰国時は腹痛を発症して体がガレ、再起も危ぶまれる状況だった。

 だが、安達師はあきらめず、懸命の立て直しを図った。みごとに立ち直り、名古屋大賞典、みやこS、かしわ記念、南部杯と勝利を重ねていく。日々の入念なケアがあったからこそ手にできた貴重な勲章といえた。

 8歳シーズンも南部杯を逃げ切り、奥深いポテンシャルを再認識させる。勢いを取り戻し、JBCスプリントに優勝。思い出のJCダートは7着だったが、同馬らしく先手を奪い、場内を沸かせた。

 希望に満ちた進撃が忘れられないうえ、息長く存在感を示したエスポワールシチー。優駿スタリオンステーションで種牡馬入り。種付け頭数は減少傾向にあるが、全日本2歳優駿の覇者となったヴァケーションに続き、イグナイターがJBCスプリントの勲章を手にして、大舞台向きの底力を誇示した。さらなる逸材の登場が待ち遠しい。