サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
エイジアンウインズ
【2008年 ヴィクトリアマイル】プロフェッショナルな仕事に磨かれた薫風の女王
ひたすら勝利へと邁進する姿勢はもちろんのこと、長期的な視野で馬と向き合ってきた結果、華々しい業績を積み重ねてきた藤原英昭厩舎。手腕を高く評価されているなかでも、トレーナーの意欲はますます燃え盛っている。
「いまの厩舎経営は、効率的な出走を最優先させる傾向が強くなりましたが、調教の専門職なのですから、本来問われるのは仕上げの技術です。秘めた能力を最大限に発揮させることを追求していますので、責任を持って管理できる頭数には限界がありますよ。勝利数にこだわっているわけではありません。ただし、全力を尽くした延長として大きなタイトルに手が届けば、やっていることが間違っていない証明になりますし、スタッフの励みになりますね。現状に満足せず、もっと『厩舎力』を高めていきたいと思っています」
そんなプロ集団に、初となるG1の勲章をもたらしたのがエイジアンウインズだった。セレクトセール(当歳)にて藤原師に見出されたフジキセキ産駒。落札価格は1800万円だった。
母はアメリカで1戦のみに終わったサクラサクⅡ(その父デインヒル)。優秀な繁殖成績を誇り、同馬の兄妹弟にパッシングマーク(3勝)、キュートエンブレム(3勝、フローラS3着)、エバーブロッサム(1勝、オークス2着、フローラS2着、フラワーC2着)、ボーダーオブライフ(4勝、地方5勝)らがいる。
社台ファームで大切に基礎固めされ、2歳10月に栗東へ。12月の阪神(ダート1400mを3着)でデビューし、2戦目の同条件を勝ち上がる。若菜賞(3着)を経て、3月の阪神(ダート1200m)では2勝目をマーク。その後はゆっくりと7か月半のリフレッシュを挟んだ。
「血統的にも構造上も、脚元に負担がかかりやすいタイプですので、当初はダートを使ったんです。桜花賞に間に合わなかった時点で、目指す舞台を翌春のヴィクトリアマイルに切り替えました。あせらずに成熟を待つことができたのは、オーナー(太田美實氏)の理解があったからこそ。持ち前のスピードだけでなく、性格もすばらしい。常に一生懸命に走り、こちらの要望にきちんと応えてくれましたよ」
3歳秋もダート(京都の1400mを9着)より始動させたが、いよいよ適性を見込んでいたターフにチャレンジ。宝ヶ池特別はクビ差の2着に敗れたものの、鳥羽特別をあっさり勝利する。さらに3か月の間隔を取り、韓国馬事会杯も2着に健闘。心斎橋Sでは出遅れを跳ね除け、大外を鋭く差し切った。
いよいよ勝負のタイミングが到来。阪神牝馬Sで賞金加算を狙った。かつてない好スタートを切れ、押し出されて先頭へ。2ハロン目の11秒1から11秒5、11秒8とスローダウンさせ、脚を温存する。早めにスパートし、直線に入ってリードを広げる。さすがに最後は脚が上がり、後にマイルCSを制するブルーメンブラットがクビ差まで迫ってきたが、渋太く振り切った。前走に続き、殊勲の勝利を挙げた鮫島良太騎手は、こう安堵の笑みを浮かべた。
「ハナに立つなんて、考えていませんでしたが、誰も競りかけてきませんでしたからね。力を抜いて走れ、マイペースを貫けました。ゴーサインを出したら、瞬時に反応。初挑戦で重賞に勝てたように、ぐんぐん力を付けています」
そして、ヴィクトリアマイルへ。前年にダービーを制していたウオッカが断然の支持を集め、同馬の単勝は13・4倍の5番人気。それでも、初の長距離輸送がありながら、プラス2キロのはち切れそうなスタイルを維持していた。ゲートをすっと出ると、藤田伸二騎手は好位に控える。スローで流れるなか、ポケットで脚を温存できた。直線は前が壁になるシーンもあったが、馬群を割って鮮やかに抜け出し、ブルーメンブラット(3着)をあっさり交わす。最後の最後にウオッカ(2着)が迫ってきたとはいえ、セフティーリードを保ったまま。3/4馬身の差を付け、歓喜のゴールに飛び込んだ。ジョッキーは、こう声を弾ませた。
「想定通りの競馬。府中のマイルを逃げ切るのは難しい。ハナには行きたくないと思っていたんだ。折り合いが付き、4コーナーでも手応え十分だったし、一瞬だけ開いたスペースに突っ込むことができた。スタッフがきっちりと仕上げてくれた結果だよ」
次の目標として、2つ目のG1だけでなく、アメリカ遠征なども計画されたエイジアンウインズだったが、一気に頂点まで駆け登ったことで、多大なダメージを受けていた。陣営の手厚いリカバリーも実らず、結局、復帰することはできなかった。
果たせなかった夢は、次世代へと受け継がれる。2025年に天国へ旅立ったものの、メジェールスー(4勝)、ワールドウインズ(4勝)などを送り出し、一族の血脈は発展中。ぜひアジアから世界に向けて爽やかな風を吹かせてほしい。