サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
エアメサイア
【2005年 ローズステークス】薔薇より美しい薄幸な女神
繁殖として大きな期待を寄せられていたものの、放牧中の事故により、12歳の若さでこの世を去ったエアメサイア。伊藤雄二厩舎の調教助手を務めていた当時、深い愛情を注いだ笹田和秀調教師は、こう感慨深げに思い出を話す。
「父サンデーサイレンスの長所がストレートに生きていて、乗り味の良さが忘れられません。荒々しい気性の持ち主でしたが、それをうまくセーブでき、実戦では並々ならぬ闘争心を燃やしてくれる。母の名を高めた産駒にエアスピネル(デイリー杯2歳S、京都金杯、富士S、マイルCSなどG1の2着が3回)がいます。デビュー勝ちしたのは、ちょうど1年後の命日。偶然ではあっても、不思議な巡り合わせです。毛色が異なりますし、姿かたちも似ていないとはいえ、非凡な能力は母譲りでした」
エアメサイアの母はエアデジャヴー(その父ノーザンテースト)。クイーンSの覇者であり、オークスを2着、桜花賞や秋華賞でも3着した一流馬である。その半弟に皐月賞や菊花賞に勝ったエアシャカール。同馬のひとつ上の全兄にエアシェイディ(アメリカジョッキーCC)がいる豪華なファミリーだ。初仔のエアワンピースも笹田師の手元で4勝をマーク。ラストクロップのエアウィンザーはチャレンジCの覇者となった。
2歳11月、京都の芝1600mでデビュー。単勝1・4倍の人気通り、楽々と初勝利を収める。白藤賞はディアデラノビア(後にフローラSなど重賞を3勝)の強襲に屈し、2着に終わったものの、エルフィンSを差し切ってクラシック候補に踊り出た。
フィリースレビューもアタマ+クビ差の3着。ラインクラフト(NHKマイルCも優勝)の4着に敗れた桜花賞にしても、大外を回らされたのが敗因だった。オークスではクビ差の2着に涙を飲んだとはいえ、相手は続くアメリカンオークスを4馬身差で快勝するシーザリオ。陣営でも本格化は先と見込んでいた。
秋緒戦のローズSで重賞初制覇。スローペースの中団に構え、ラスト3ハロン(34秒2)は次位をコンマ6秒も上回る鋭さを発揮する。ラインクラフトをきっちりと交わし去った。会心の勝利に、武豊騎手も安堵の笑みを浮かべる。
「初戦に跨って以来、こちらの要望にきちんと応え、自在に動けているからね。折り合いが付いたし、イメージ通りに運べた。状態も上がっているよ。追ってからの反応が春とは違った。ラインクラフトに初めて勝てたし、最後の一冠は、ぜひとも獲らせてあげたい」
秋華賞でもラインクラフトが早めに抜け出し、巧みに脚をためていた同馬が後方から猛追。息詰まる攻防のなか、測ったようにぐいとクビ差だけ出たところがゴールだった。ついにG1の勲章を手にする。
エリザベス女王杯はスタートで加速が付かず、5着まで追い上げるのが精一杯だった。3か月間のリフレッシュを経て、中山記念(3着)、阪神牝馬S(2着)と順調にステップを踏む。だが、ヴィクトリアマイルはインが伸びる馬場状態となった。18番枠から33秒4の圧倒的な決め手を繰り出しながら、2着に敗れた。勝ったのはひとつ年長の桜花賞馬であり、1番の絶好枠を引き当てていたダンスインザムードだった。
秋シーズンを見据えて休養に入ったのだが、蹄のトラブルに見舞われ、結局、以降は未出走。不運に付きまとわれた競走生活だった。そして、繁殖入りしてからも。
それでも、非凡な才能が凝縮された3歳秋のパフォーマンスは、いつまでも芸術的な輝きを失うことなく、しっかりと競馬史に刻み込まれている。