サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
エアシェイディ
【2008年 アメリカジョッキークラブカップ】天賦の才とたゆまぬ努力が結実した晴れやかなゴール
生まれ落ちた時点でも、大きな夢を託されていたエアシェイディ。父は日本競馬を一変させたスーパーサイアーのサンデーサイレンス。母エアデジャヴー(その父ノーザンテースト)もクイーンSを制しただけでなく、オークス2着、桜花賞3着、秋華賞3着とトップレベルの能力を示した名牝である。皐月賞や菊花賞に優勝したエアシャカールは母の半弟。繁殖成績も一流であり、同馬の全妹にエアメサイア(秋華賞、ローズSなど4勝、エアスピネルやエアウィンザーの母)がいる。
2歳11月、東京で迎えた新馬(芝1600m)は2着に敗れたものの、続く芝1800mを2馬身半差の圧勝。ホープフルSもきっちり差し切り、クラシック候補に踊り出る。
「優秀なレース内容。負かした相手(ヤマニンアラバスタ、マイネルマクロス、マイネルブルックら)も強かった。まだまだ伸び盛りのタイミングでしたので、明るい未来を想像していましたよ。手がけた馬のなかでも、センスの良さに関しては抜けていた。折り合いに難しさがあったローエングリンとは対照的です。当時から気性的に大人っぽく、カリカリしたりしない。冷静に脚をためる場面とスパートすべきところを知っているかのようでしたからね。ただし、その後は骨折により長期のブランク。なかなかリズムに乗れなかった」
と、管理した伊藤正徳調教師(2019年引退、2020年に逝去)は振り返る。
9か月の休養を経て、セントライト記念は6着。それでも、テレビ静岡賞を順当に勝利して軌道に乗り、京阪杯(3着)、アメリカJCC(2着)、中山記念(4着)と善戦する。重賞制覇は時間の問題に思われた。
ここで再び骨折を発症する不運が。ただし、11か月ぶりの白富士Sを勝ち切り、性能の違いを誇示する。中京記念を3着。福島テレビOPに勝った以降も、函館記念(2着)、オールカマー(5着)、富士S(2着)と堅実に上位を賑わす。
キャピタルSで断然人気に応え、東京新聞杯、中山記念と連続の2着。ところが、初の長距離輸送で消耗し、マイラーズC(11着)は同馬らしからぬ惨敗を喫した。緊張の糸が切れたのか、安田記念(16着)も後方のままだった。
しっかり立て直され、富士Sへ。4着だったとはいえ、出遅れが響いた結果だった。メンバー中で最速となるラスト33秒4の末脚を駆使する。キャピタルSに続き、中山金杯も2着に終わったが、いずれも流れが噛み合わなかったもの。ますます破壊力を増していることは明かだった。
ついに念願がかなったのがアメリカJCC。中盤もペースが落ちず、スタミナも要求される展開となった。馬群が凝縮したなか、ぴたりと折り合いが付く。直線はロスなく内を狙い、坂に差しかかって一気に先頭へ。追い出しのタイミングも絶妙だった。4頭が熾烈な2着争いを繰り広げるのを尻目に、コンマ2秒の差を付けた。
主戦を務めた後藤浩輝騎手(2015年に逝去)は、力強くガッツポーズ。こう満面の笑みを浮かべた。
「外からすっと脚を伸ばすのがこの馬のパターンでしたが、あえて今回は馬込みに入れてみたんです。ちょうど有力馬を見るかたち。手応えが絶好でしたし、あとは開いたスペースを狙うだけでしたね。なかなか勝てず、ここまでが長かった。またチャンスをもらい、もうなんとかしたかったんです。ようやく非凡な決め手を生かせ、こんなうれしいことはありません」
安田記念(4着)、天皇賞・秋(5着)をはじめ、以降も重賞戦線で堅実な走りを続ける。有馬記念を3着。翌年のAJCCでも2着した。8歳時の有馬記念も3着に食い込み、場内を沸かせる。
さらに日経賞を2着し、天皇賞・春に挑んだが、不利を受けて17着。骨折を跳ね除け、10歳になっても現役を続行したが、復帰目前に左前の浅屈腱を不全断裂する重傷を追い、カムバックは果たせなかった。韓国に渡り、種牡馬入り。2021年ごろ、この世を去ったことが判明している。
勲章はひとつだけでも、重賞での2着が8回、3着も5走あるエアシェイディ。天才肌だったうえ、類まれな努力家でもあった。