サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ウルトラファンタジ

【2010年 スプリンターズステークス】香港の競馬史に偉大な足跡を刻んだローカルチーム

ウルトラファンタジー~Ultra Fantasy~

 短距離部門のレベルが突出している香港競馬。主役となるサラブレッドの生産を他国に依存して成り立っているなか、多くのスターを供給してきたのがオセアニア地区である。

 2010年のスプリンターズSにはグリーンバーディー、ウルトラファンタジーが香港代表として参戦したうえ、オーストラリア生まれのキンシャサノキセキが日本のチャンピオンとして迎え撃つかたちに。加えてニュージーランド産の母を持つビービーガルダンも人気を集める興味深い一戦となった。

 激戦を制したのはウルトラファンタジーだった。すでに47戦を消化した8歳馬であり、単勝29・3倍の10番人気にすぎなかったが、抜群のダッシュを決めてハナに立ち、直線も粘り強く二枚腰を発揮する。香港勢の層の厚さを証明する堂々たるパフォーマンスといえた。

 手綱を取った黎海榮(ライ・ホイウィン)騎手は、これがJRAでの初勝利。こう声を弾ませた。
「それほど話題になっていなかったかもしれませんが、ウルトラファンタジーは強い馬です。念願だったG1の初制覇がかなったんですから、きょうは『俺の日』だって胸を張りたいですね。
 来日前からタフなレースだと聞いていましたし、厳しいチャレンジだと覚悟していましたよ。濡れた馬場が好きではない馬だけに、コースコンディションに不安もありました。それが当日は絶好の天候に恵まれ、実際にコースを歩いてみたら、すごくいい感触。入場後に馬がすごく落ち着いていたので、これはいけるかもしれないって自信がわいてきたんです。
 すべてがうまくいきました。直線ではライバル視していたキンシャサノキセキが外から迫ってくるのがわかり、抜かせないぞともうひと押ししました。正直に言えば、ゴール前は『ああ、神様』って悲鳴を上げていましたし、勝てた確信はなかったですよ。ぎりぎり凌げたので、余計にうれしいです」

 姚本輝(イウ・プーンファイ)調教師も、初の日本遠征で結果を残した。ただし、同ステーブルの看板馬には年度代表馬に輝いたセイクリッドキングダム(香港スプリント2回、チェアマンズスプリントプライズ2回、クリスフライヤーインターナショナルスプリントなど)がいて、何度もスプリンターズSへのチャレンジを思い描いた過去があった。

 華々しい戦績を誇る僚馬とは対照的に、本格化に時間がかかったウルトラファンタジーだったが、2頭ともオーストラリアのチャンピオンサイアーに輝いたエンコスタデラゴの産駒。豪州での競走成績(10戦1勝)は平凡でも、秘めた才能を見抜いて大切に磨き上げてきた。

 8歳になって晩生の血が騒ぎ出したウルトラファンタジー。香港G1のケント&カーウェンセンテナリースプリントCで2着したのに続き、チェアマンズSも4着に好走すると、セイクリッドキングダムと一緒に高松宮記念に向かうプランが浮上。ところが、香港国際空港に到着後、セイクリッドキングダムが疝痛を発症するアクシデントに見舞われ、同馬も来日をキャンセルしていた。

 鬱憤を晴らすかのように香港G2のスプリントCを勝利した厩舎のナンバー2。今度は単独でスプリンターズSへ送り出そうと決意する。穏やかな笑顔を浮かべながら、トレーナーは喜びを語った。

「慣れない環境だけに、移動後は3、4日、食欲がなく、その後は天候が悪くて、白井の競馬学校では十分な調教ができませんでした。中山競馬場へ移動してからも、1、2食は口にしてくれない。完食してくれるようになったのは、前日になってからです。
 ただ、8歳ですし、プロフェッショナルな馬なので、自分の置かれている状況を平静に受け入れていましたよ。そうしているうちに、天気が良くなって、この馬向きの馬場になりました。いい枠(7番)も引き、やれる手応えを感じ始めました。
 ジョッキーには『いつもどおりの競馬をすればいい。好位置のインで、しっかりペースを刻んでほしい』と伝えました。スタートの良さを発揮して、前半はこの馬らしい走り。落ち着いて観ていられましたが、最後は気が気でなく、思わずジャンプしていました。初めて経験する直線の坂はやってみないとわからないと思っていましたが、無事に乗り越えてくれましたね。
 今回の勝利は、ジョッキー、林大輝(ラム・タイファイ)オーナー、そして私と、ローカル香港人のチームで成し遂げたもの。さらに特別な感慨があります」

 大仕事を成し遂げた疲れがあり、以降の4戦は精彩を欠いたウルトラファンタジー。それでも、惜しまれつつターフを去るまで、香港のファンは熱い声援を送り続けた。