サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ウォータクティクス
【2009年 アンタレスステークス】父譲りのスピードで手にした勇者の紋章
ケンタッキーダービー、プリークネスSの2冠を制したウォータクティクス。受胎率の低さに阻まれ、種牡馬としては多大な期待に応えられなかったものの、稀少な産駒のブラックエンブレム(秋華賞)、ローブティサージュ(阪神JF)、オールブラッシュ(川崎記念)などが重賞ウイナーに輝いた。ウォータクティクスも強烈なインパクトを放った一頭。若駒当時の同馬について、池江泰寿調教師はこう振り返る。
「父の遺伝力はサンデーサイレンスに匹敵するものがありますからね。垢抜けたルックスは、母系からきています。ノーザンファーム早来で育成されている当時より、底知れないポテンシャルが伝わってきました」
母アドマイヤハッピー(その父トニービン)は4勝をマーク。その姉弟にエガオヲミセテ(阪神牝馬特別、マイラーズCなど4勝)、オレハマッテルゼ(高松宮記念、京王杯スプリングCなど9勝)がいる。同馬の半弟にキタサンアミーゴ(小倉記念2着)、ハッピーモーメント(目黒記念3着)ら。曽祖母ダイナカール(オークスなど5勝、エアグルーヴの母)に連なる名牝系である。サンデーサラブレッドクラブにて総額4000万円で募集された。
「新馬(2歳11月の京都、芝1800m)で3着したころは、クラシックを意識していましたよ。ただ、つなぎが立ち気味ですので、本質的にはダート向き。誤算だったのはソエの痛みがなかなか解消せず、半年近く間隔を開けざるを得なかったこと。復帰後も反動が大きく、また休養へ。慎重に態勢を整えましたし、調教の動きもそう目立ちませんでしたね。ところが、レースにいけば、こちらの想像をはるかに超えた走りを見せてくれるんです」
4月の福島(ダート1700m)では、後続を2秒1も置き去りに。半年以上の沈黙を経て、10月の京都(ダート1800m)で再スタートすると、鮮やかな逃げ切り勝ちを収める。あせらずに骨が固まるのを待ち、ようやくコンスタントに出走できる態勢が整った。
続く1000万下の同条件は6馬身差、フェアウェルSも5馬身と、派手に後続を突き放して連勝を重ねる。アルデバランSはハナ差の辛勝だったとはいえ、オープンの厳しい流れを克服し、差し返す根性を見せた。
「初勝利時はゴールを過ぎてもスピードが落ちず、向正面まで止められなかったくらい。常に怒って走っていますが、そんな猛々しい気性も長所です。熾烈なサバイバル戦でこそ生きる個性。型にはめず、独自のスタイルを貫かせたかった。制御不能に映る走りこそ、ウォーエンブレムの持ち味なんですよ」
そして、アンタレスSでは驚異のレコード勝ちを収める。タイムは1分47秒8(やや重)。馬なりでハナを奪うと、抑えたままで直線へ。影を踏ませず、ゴールに飛び込んだ。初騎乗となった川田将雅騎手も、驚きの表情を浮かべる。
「ペースが速いとわかっていましたが、暴走している感じはなかった。直線でターフビジョンが目に入り、ワンダースピード(2馬身差の2着)が来ているのを確認しましたが、こちらのほうが手応えは楽。あっさり振り切れました。末恐ろしい強さです」
ダートでは無傷の6連勝。さらなる前進は必至と思われたが、初めて馬群でもまれた東海S(16着)でプライドが傷付き、すっかり心身のバランスを崩してしまう。淡白なレース運びで6連敗。脚元も限界に達した。6歳時のアンタレスS(10着)がラストランとなった。
あまりにも極端だった後半の競走生活。それでも、この父らしさをストレートにアピールした魅力的なファイターだった。ベストパフォーマンスの衝撃は、いつまでも色褪せない。