サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ウインムート
【2019年 さきたま杯】苦難に直面しても立ち上がる勇気を
育成先のコスモヴューファームより直接、札幌競馬場へ移動し、1か月弱の調整過程で芝1500mの新馬を快勝したウインムート。ドバイワールドCを制したロージズインメイが父。母コスモヴァレンチ(その父マイネルラヴ)は、新馬勝ちした翌週、小倉2歳Sを制するという離れ業を演じた天才肌である。
加用正調教師にとって思い入れが深い繁殖。当初はコスモバルクに続いてホッカイドウ競馬でデビューさせ、JRAの大舞台を目指す予定だった母だったが、2歳時にビッグレッドファーム明和で目にしたトレーナーが惚れ込み、預託を打診した過去がある。
「ヴァレンチは骨折に泣き、3戦のみで引退したが、底知れないポテンシャルの持ち主だった。手元にいる時間は短かったけど、かけがえのない出会い。レースで消耗せずに引退しただけに、きっといい仔を産むだろうと期待していたんだ。10歳になってもトップクラスと渡り合ったドリームバレンチノ(JBCスプリントなど重賞を5勝)の全弟がムート。同様に奥深さを見込んでいた。姉(函館2歳Sを2着したマイネショコラーデ)の活躍を見ても、父との配合が合うんだろうね。若いころは頼りなかったバレンチノより、もともと馬格がしっかり。母の特長をストレートに受け継ぎ、デビュー前から俊敏に動けたよ」
ところが、すんなり先行できないと折り合いに難しさを見せ、8連敗を喫する。力の要る洋芝が向き、羊ヶ丘特別、STV賞と連勝。昇級4戦目に山城Sを鮮やかに逃げ切ったものの、重馬場が味方した感は強かった。
オーシャンS(14着)に続き、テレビユー福島賞(11着)でも速いタイムに対応できなかった。しかし、条件変更が功を奏し、桶狭間Sは2馬身半差の楽勝。一気に未来が開けた。
「バレンチノに似て、パワーを兼備した個性。ダートもこなせると思っていたし、どこかで試そうとタイミングをうかがっていた。それにしても、適性は想像以上。無理なくリズムに乗れ、持ち前のスピードを生かせる。サマーチャンピオン(3着)は、マークされる厳しい展開。いずれ重賞でも通用する手応えを得られた」
エニフSで、早くもオープン勝ち。内容は堂々たるもの。すっと主導権を握ると、ぎりぎりまで追い出しを待って後続を完封した。一本気な快速タイプだけに、得意な条件でもペースに左右され、以降の3戦で失速したものの、ますます強靭さを増し、番手でも我慢が利くようになる。栗東S、天保山Sと連勝。プロキオンSでも3着に食い込んだ。
「忙しい流れにリズムを崩し、オーバルスプリント(8着)、JBCスプリント(9着)、カペラS(11着)と連敗したけれど、キャリアを積むごとに、いい筋肉が備わりつつあったね。まだまだ伸び盛りといったイメージ。レース後の回復も早くなってきた」
そして、兵庫ゴールドトロフィーで初のタイトルを奪取する。ここでは先行馬を射程に入れての好位追走。息の長い末脚を繰り出し、きっちり交し去った。
かきつばた記念(4着)より再スタートを切った6歳シーズン。スタートで躓きかけたものの、押してハナを主張する。早めに後続を引き離しにかかり、ラストーモ手応え以上の渋太さを発揮。2馬身半の差を付け、悠然とて栄光のゴールに飛び込んだ。
「作戦通り。相手が揃っていたけれど、あの日の傾向としても、この馬の持ち味としても。逃げるのがベストだと判断したんだ。秋にJBCの舞台となる浦和で勝てただけに、夢はふくらむ一方だった」
プロキオンSで8着に敗れたといっても、闘争心に衰えなど感じさせなかった。しかし、思わぬアクシデントに見舞われる。放牧先で熱中症となり、転倒した際に負ったと思われる脊髄損傷や頭部の骨折により、この世を去ってしまった。加用師は感慨深げにファイトを称える。
「実直に勝利を目指す姿が忘れられない。未完のままで終わったのは無念だが、安らかにと祈るばかり。苦難に直面しても、立ち上がる勇気(ドイツ語でムート)を教えてくれたように思う」