サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ヴィルシーナ
【2013年 ヴィクトリアマイル】2つの頂上を極めた健気な淑女
尻尾がない独特の容姿で人気を集めたハルーワスウィート(その父マキアヴェリアン)。実力も確かであり、若き日の友道康夫調教師に5勝をプレゼントした。
「私にとってハルちゃんは、真っ先に預託が決まったメモリアルホースなんですよ。技術調教師だったころ、早来のノーザンファームを訪ねたら、まだ生後3か月だった彼女がいました。特異なスタイルをめずらしく思い、熱心に眺めていたら、吉田勝己社長が『見た目は変だけど、素質は確かだよ。開業したら持って行けばいい』って。もともと尾がないのですから、馬自身は違和感など持っていないのでしょうが、見ている側としては、なんともけなげに感じてしまいます。当初はバランスが取りづらく、コーナーリングが苦手。それよりもかわいそうなのは、虫が発生しやすい夏場でした。尾を振って追い払えませんから。だから、涼しくて寄ってくる虫も少ない北海道シリーズ(函館や札幌で3勝)を中心に使ったんです」
と、トレーナーは懐かしそうに振り返る。
ハルーワスウィートの半弟にフレールジャック(ラジオNIKKEI賞など4勝)、マーティンボロ(中日新聞杯、新潟記念など7勝)ら。シングスピール、ラーイらの名種牡馬を産んだグローリアスソングに連なる母系である。
たくさん思い出が詰った繁殖は、次々と輝かしい栄光を友道厩舎へと運ぶこととなる。シュヴァルグラン(ジャパンC、阪神大賞典、アルゼンチン共和国杯)、ヴィブロス(秋華賞、ドバイターフ)に先駆けて、G1を勝ち取ったのがヴィルシーナだった。
「オーナー(元プロ野球投手の佐々木主浩氏)もハルちゃんの大ファン。自身はころんとした短距離タイプでも、種牡馬の身体的な特徴をそのまま出しますね。弟のシュヴァルグランはハーツクライに似ています。あの仔やヴィブロスは生まれ落ちた直後から顔が小さく、手脚も軽く、いかにもディープインパクト。この系統は精神面のコントロールが難しいのに、母を経るとみな扱いやすい優等生になる。愛らしさを保ちながら、期待通りに成長してくれました」
ノーザンファーム早来での育成時もトラブルとは無縁だったヴィルシーナ。2歳7月に函館競馬場へ移動し、1週間後にゲート試験をクリアする。いったん放牧を挟んで丁寧に態勢を整え直すと、帰厩後もスピーディーに調整が進んだ。8月の札幌(芝1800m)でデビュー。好位よりメンバー中で最速の上がりを駆使し、順当に初勝利を収める。
「人間だったら、最高の女性でしょう。普段はのんびりしていて、馬房をのぞくと寝ていることが多かった。これで大丈夫かなと思うくらいでしたよ。だんだん大人っぽくなっても、性格は素直なまま。実戦でもぴたりと折り合いが付くのが心強かった。安心して仕上げることができましたよ。跨った誰もが乗り味の良さを絶賛。小柄でも柔軟に全身を使え、フットワークはダイナミックです。ただし、時計を3本マークしただけの段階でしたからね。初戦は3コーナーから手が動きっぱなしでした。その後のリフレッシュで成長したとはいえ、黄菊賞(3着)でもエンジンのかかりが遅かった。キャリアを積むごとに中身がしっかりし、そんな弱点も克服していきました」
すっと前に付け、エリカ賞で2勝目。スローペースにもきちんと対応した。クイーンCでは初のマイルも克服。みごとに重賞初制覇を成し遂げた。2番手から早めに先頭へ。ラスト3ハロンを33秒6でまとめる危なげない内容だった。
「狙いどおりに賞金を加算でき、余裕を持ったローテーションで春を迎えられました。当時は長めの距離のほうに適性があると見ていて、オークスを意識していましたが、まだあの時点で牝には負けていなかった。1冠目へ向けても、期待がふくらみましたね」
懸命に脚を伸ばしながら、桜花賞は半馬身差の2着。待構えていたのは同じ父を持ち、牝馬3冠のみならず、ジャパンC(2回)、ドバイシーマクラシック、さらに有馬記念も制することになるジェンティルドンナだった。オークス、ローズS、秋華賞とも準優勝。歴史的な才女の壁は厚かった。
「一番のチャンスが秋華賞(ハナ差)でしたね。こちらもひと夏を越えてたくましくなっていましたし、勝つにはあれしかない戦法。鞍上の意のままに動ける強みや、並ばれてからの勝負根性も発揮できての結果です。負けるたび、今度こそG1を獲らせたいとの意欲が高まりましたが、悔しさが募るというより、ヴィルシーナのすばらしさに感動していましたよ」
エリザベス女王杯は道悪巧者のレインボーダリアに屈したとはいえ、厳しい展開のなか、手応え以上の渋太い伸び。これも誇るべき銀メダル。念願のヴィルシーナ(ロシア語で頂上)は、すぐ手が届くところにあった。
4歳シーズンは大阪杯(6着)よりスタート。1番人気を背負い、ヴィクトリアマイルに臨む。クイーンCと同様、正攻法のかたちで勝負。渋太く差し返し、ホエールキャプチャの強襲もぎりぎり凌ぐ。
「オークス時より落ち着きがありましたし、体も20キロくらい増えてボリュームアップ。マイルのお手本のような走りでしたよ。ゲートをスムーズに出て、絶好のパターン。手応え良く4コーナーを回ってきて、これはやれると思いましたね。ただ、ゴール前はひやっとしました。それでも、最後の最後になって、闘志に火がついたのでしょう。精神力で凌げました」
さらなる高みを目指したものの、安田記念(8着)以降は強力な牡馬に阻まれて6連敗。5歳時のヴィクトリアマイルでは11番人気(単勝28・3倍)まで評価を落としていた。だが、果敢にハナを奪うと、驚異的な粘り腰を発揮する。半馬身差まで迫るメイショウマンボやストレイトガールを競り落とし、堂々と連覇を達成した。
「ようやく復活してくれ、それは感激しました。良かったころの勝負根性がなかなか蘇らず、やきもきさせられたなか、身体的には成熟。刺激を与えるべく、ハードな調教内容に切り替えたんです。馬具も工夫(チークピーシーズを着用)。パドックで内田博幸騎手が跨ったとき、2回、尻っぱねしていましたよ。これならやれると思いました」
宝塚記念も懸命に逃げ、3着に健闘。改めて確かな性能をアピールした。エリザベス女王杯(11着)、有馬記念(14着)と歩んだところで繁殖入りすることとなる。
「やはり、すばらしい母親。真面目な姿勢は、次世代へも受け継がけています。また一緒に大きな夢を見られたら」
産駒よりブラヴァス(新潟記念、5勝)、ディビーナ(府中牝馬S5勝)と順調に重賞ウイナーが登場。未来へ向けても、ファミリーのサクセスストーリーは壮大に展開していく。