サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ダイワメジャー
【2007年 安田記念】規格外のポテンシャルが集約された威風堂々たる進撃
2年連続してJRA賞の最優秀短距離馬に輝き、10億円を超える賞金を獲得したダイワメジャー。同馬とともに5つのG1を手にした上原博之調教師は、栄光に包まれた日々をこう振り返る。
「能力は規格外でした。その反面、神経質で環境の変化には敏感。いろいろなことを教えられましたよ。あり余るエネルギーが悪いほうへ向かないよう、気を遣いました。ただし、一度覚えてしまえば、コントロールが利きます。レースでは前向きな姿勢を崩さず、乗りやすかったですしね」
2歳12月、中山の芝1600m(2着)でデビュー。初体験となる競馬場の雰囲気に緊張し、パドックで座り込もうとした。それ以来、3人体制で誘導するのが常となる。
年明けのダート1800mでは後続に9馬身もの差を付けて勝ち上がったものの、昇級緒戦の同条件は4着。まだクラシックははるかかなたの夢にすぎなかったが、スプリングSで渋太く3着に踏み止まり、皐月賞への優先出走権を確保する。
この時点での注目度は低く、単勝32・2倍の10番人気。だが、2番手でぴたりと折り合い、鮮やかに抜け出す。早くもメジャー級のポテンシャルを開花させた。
前年の1冠目もネオユニヴァースで制したミルコ・デムーロ騎手は、同馬の持ち味をしっかり把握していた。
「ラストにそう鋭い脚を使えるタイプではない。早めのスパートで押し切るようなかたちに持ち込もうと思っていたんだ。またすばらしい馬と巡り会え、こんなうれしいことはない」
距離延長が堪え、ダービーは6着。秋シーズンもセントライト記念(9着)、天皇賞・秋(17着)と不本意な結果に終わる。それでも、敗因ははっきりしていた。喘鳴症の症状が顕在化してきたのだ。社台ホースクリニックで行った手術の効果があり、ダービー卿CTを快勝。関屋記念やマイルCSを2着するなど、以降は重賞戦線で安定した成績を残していく。
決して早熟タイプではなく、年齢を重ねながら一段とパワーアップ。マイラーズCを堂々と押し切った。安田記念(4着)、宝塚記念(4着)とG1の壁に跳ね返されたが、5歳秋に黄金期を迎える。
大外枠を引きながら、毎日王冠では馬なりのまま、2番手で流れに乗れた。直線はいったんダンスインザムード(クビ差の2着)に出られたが、盛り返す渋太さを発揮。ついに鬼門だった東京でも初勝利をつかむ。
マイラーズC以来、主戦を務めていた安藤勝己騎手も、さらなる前進を予言していた。
「この馬のペースを守れたからね。自信を持って、自ら動いていけた。いざとなって、ちょっとずるい面はあったけど、そこからぐっと伸びるのがダイワメジャーらしさだよ。この内容なら、次にどこへ向かっても、いい勝負ができる」
天皇賞・秋もあっさり連勝。着差はクビでも、マイルCSも危なげない勝利だった。さらに有馬記念へ挑み、3着に踏み止まった。
ドバイデューティーフリー(3着)に旅発つ前には、美浦まで輸送用のコンテナを取り寄せて狭い空間に慣れさせるなど、活躍の裏側には創意工夫の積み重ねがあった。6歳時も高いレベルで好調を維持する。
前2年で涙を飲んだ安田記念は、ぜひとも手にしたいタイトルだった。2番枠を引き、前半はインで窮屈な競馬を強いられたが、4番手から力強く伸びる。逃げ馬をきっちり捕え、歓喜のゴールに飛び込んだ。
「直線半ばでも結構、差が開いていたからね。届くかどうか半信半疑。でも、早め先頭では気を抜くし、馬体を併せたら負けないと信じていた。最後も余裕があったし、いよいよ完成された実感がある。ここを目標に、いい状態を整えた陣営に感謝するしかない。期待に応えられ、ほっとしているよ」
と、安藤ジョッキーは満足げに笑みを浮かべた。
宝塚記念では馬体を細化させてしまい、不利も響いての12着。毎日王冠(3着)で巻き返したが、他馬にぶつけられ、天皇賞・秋は9着に敗れた。それでも、闘争心を失わず、マイルCSの連覇を達成。ラストランの有馬記念(3着)も見せ場をつくり、惜しまれつつターフを去った。
種牡馬入り後も、絶大な信頼を寄せられてきたダイワメジャー。サンデーサイレンスの後継ながらスピード色が濃く、手脚が丈夫な特長も受け継ぎ、産駒は優秀な出走率や勝ち上がり率を誇る。2012年より2022年まで11年連続してリーディングの10位以内を堅持した。
母スカーレットブーケ(その父ノーザンテースト)は4つのタイトルを勝ち取ったメジャークラスのうえ、他の産駒にダイワルージュ(新潟3歳S、阪神JF2着、ダイワファルコンの母)、ダイワスカーレット(桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯、有馬記念)もいて、魅力たっぷりのファミリーである。大舞台に強く、カレンブラックヒル、コパノリチャード、メジャーエンブレム、レーヌミノル、アドマイヤマーズ、レシステンシア、セリフォス、アスコリピチェーノら、続々とG1ウイナーが誕生。まだまだ存在感を示すに違いない。