サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ブエナビスタ
【2011年 ジャパンカップ】不運を断ち切って開けた輝かしき絶景
いざレースとなれば闘争心を前面に出し、爆発的な決め手を駆使したブエナビスタ。うさぎのように長い耳が特徴であり、感受性豊かにぴくぴく動かせる。ただし、厩のなかでは神経質な面など見せず、常に穏やかな表情を浮かべていた。一流馬ならではの気品。その周囲だけオーラに包まれているようだった。
阪神3歳牝馬S(当時)でG1勝ちした母ビワハイジ(その父カーリアン)に、ダービーやジャパンCを制したスペシャルウィークが配されて誕生したブエナビスタ。同馬の兄姉にアドマイヤジャパン(京成杯、菊花賞2着)、アドマイヤオーラ(弥生賞など重賞を3勝)、弟妹にもトーセンレーヴ(エプソムC)、ジョワドヴィーヴル(阪神ジュベナイルF)、サングレアル(フローラS)がいる豪華な一族である。サンデーサラブレッドクラブにて総額4000万円で募集。ノーザンファーム早来での育成当時より、評判の美少女だった。
2歳10月、京都の芝1800mでデビュー。3着に終わったとはいえ、ラスト3ハロン(33秒5)はレースの上がりをコンマ7秒も凌ぐ圧倒的なものだった。集ったメンバーも強力。1着がアンライバルド(皐月賞)、2着にリーチザクラウン(ダービーを2着)、4着はスリーロールス(菊花賞)である。のんびりした気持ちが切り替わり、続くマイルの未勝利を3馬身差で快勝。抽選の壁を突破して阪神JFに臨むと、大外を突き抜けて2馬身半の差を付ける。あっさりと2歳女王に輝いた。
チューリップ賞での危なげない勝利から、単勝1・2倍に推された桜花賞。ここでも人気にふさわしいパフォーマンスを披露する。スタートでは1馬身ほど遅れたが、安藤勝己騎手は慌てることなく、後方に待機させる。ラスト33秒3は、次位のレッドディザイア(半馬身差の2着)をコンマ4秒も上回る鋭さ。直線へ向くと進路をふさがれるシーンもあったが、追い出しを遅らせて外へと導く。そこから猛然とスパートし、半馬身の先着を果たした。
最後の最後まで苦しみながら、オークスもレッドディザイアを交わした。33秒6の末脚は圧巻。ハナ差の辛勝ではあっても、強さが際立つ2冠達成といえた。
世代で屈指の能力を誇りながら、3歳の後半は札幌記念(クビ差の2着)、秋華賞(ハナ差の2位入線するも3着に降着)、エリザベス女王杯(ラスト3ハロン32秒9で猛追しながら3着)と、勝利の女神はなかなか微笑まない。ここで鞍上はチェンジされることに。だが、横山典弘騎手に導かれ、一転した積極策を取った有馬記念でも、ハイペースに泣いて2着に止まった。
4歳になって一段と充実し、京都記念に優勝。ドバイシーマクラシック(鞍上はオリビエ・ペリエ騎手)でも2着に健闘する。遠征直後のヴィクトリアマイルで久々のG1を奪取。宝塚記念はあと一歩の2着に食い下がった。
クリストフ・スミヨン騎手をパートナーに迎え、天皇賞・秋を快勝してトップの座を揺るぎないものにしたものの、ジャパンCは1位でのゴールが覆り、2着への降着処分。スミヨン騎手は、「直線ではこちらも接触されて手前を替え、内に入ってしまった。だが、ここは日本なので、日本の基準に従い、裁定を受け入れたい。迷惑をかけて申し訳なかった。でも、この馬の力は証明できたと思う」と無念の表情を浮かべた。有馬記念も長い写真判定の結果、2着に惜敗する。
5歳時はライアン・ムーア騎手でドバイワールドCを8着。岩田康誠騎手とコンビを組み、ヴィクトリアマイル(2着)宝塚記念(2着)、天皇賞・秋(4着)と歩む。歴史的な名牝にとってハイライトと位置付けられるのが5歳時のジャパンC制覇である。
スローに流れたなか、中団のインでじっと待機。直線は狭いスペースを割り、先を行くトーセンジョーダンの外に併せる。相手も渋太かったが、きっちり捕えてゴールに飛び込んだ。岩田ジョッキーは、こう晴れやかな笑みを浮かべる。
「前回は自分のミス。これがブエナビスタの本当の走りだよ。真の最強馬だと証明できた。いい状態にスタップがつくってくれ、返し馬でも絶好の雰囲気。出入りの激しい競馬だったけど、脚は十分にあった。ブエナが一番強いと信じて追ったし、楽に馬群を抜けることができたね。とても素直で乗りやすく、負けん気も素晴らしい」
レース後、共同会見に臨んだ松田博資調教師は、わき上がる様々な感情を抑え切れず、ときおり言葉を詰まらせながら、こうコメントした。馬づくりの達人の目に浮かんだ大粒の涙が忘れられない。
「海外馬の能力は把握していなかったが、あのハイペースで踏ん張った天皇賞・秋の結果からも、日本の馬には負けないと思っていたよ。レースはいつもジョッキーに託して見守るだけだが、ぎりぎりでも差してくる。ゴールした瞬間は、やはり強いと再認識させられた。去年のジャパンCではスミヨン騎手に悪いことをしたからね。今年は勝てて、本当に良かった。もともと手がかからないけれど、5歳になって落ち着きが出て、なにも心配がいらないくらい。懸命に走った馬に感謝するしかない」
ゴールの先に広がる絶景(スペイン語でブエナビスタ)を追い求め、健気に走り続けた同馬。有馬記念(7着)でラストランを迎え、無事に繁殖入りした。
ソシアルクラブ(4勝)、タンタラス(4勝、京都牝馬Sを3着)、アルタビスタ(2勝)ら、産駒はコンスタントに走っているが、母として真価を発揮するのはこれから。新たな栄光をプレゼントする大物の登場を待ちたい。