サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ブラボーデイジー
【2010年 エンプレス杯】馬づくりの名手が愛したベストパートナー
競馬史に偉大な足跡を残す音無秀孝厩舎にて、まとめ役の重責を担った生野賢一調教助手。ジョッキー時代も同ステーブルに所属し、数々の勝利に貢献してきた。
「一般的なサラリーマン家庭に育ち、もともと競馬との接点はありませんでした。中学までは野球に熱中。ある日曜日、雨で試合が中止になって家にいたら、テレビの競馬中継が流れてきて、父親がひらめいたように、『これだ。体が小さいお前にはぴったりだ』と言い出したんですよ。曖昧に返事をしたのに、競馬学校の願書を取り寄せてしまった。まさかパスするなんて。乗馬に通い出したはそれ以降ですし、騎手課程でもずっと劣等生でしたね。わずか8年間のジョッキー生活でしたが、すばらしい馬と出会え、重賞にも勝てました。ほんと恵まれています。厳しいなかにも思いやりがある音無先生のおかげ。自厩舎に重賞をプレゼントできたのがなによりもうれしかった」
こうしみじみと話すのは、生涯忘れられないベストパートナーとなったブラボーデイジーのことである。芝・ダートを問わずコンスタントに勝ち上がるクロフネの産駒。スリープレスナイト(スプリンターズS)、カレンチャン(スプリンターズS、高松宮記念)、ホエールキャプチャ(ヴィクトリアマイル)アエロリット(NHKマイルC)、ソダシ(阪神JF)ら、牝に成功例が多いのも特徴だ。母ブラボーサンライズは未勝利に終わったが、その父はサンデーサイレンス。同馬の半弟にラッキーポケット(3勝)、ブラボースキー(5勝)らもがいて、繁殖成績は優秀である。
もともと雄大な馬格を誇り、デビュー前の調教でもパワフルに動けたが、不器用さに泣かされて7連敗。未勝利を脱出したのは7月の函館(芝1800m)だった。
3か月のリフレッシュ後、初騎乗となった生野騎手を背に、いきなり福島の2000mを突破する。これで鞍上が固定され、1000万クラでも安定した先行力を発揮。壇之浦特別を競り勝つ。
関門橋S(8着)や中山牝馬S(6着)は失速したものの、心身はますます充実。7番人気(単勝13・7倍)の低評価を跳ね除け、福島牝馬で2馬身差の快勝を収めた。
「前秋の三春特別(2着)で勝ち負けしていたライバルが重賞ウイナーとなっていました(優勝は京都牝馬Sの覇者であるチェレブリタ、3着馬は愛知杯に勝ったセラフィックロンプ)し、この馬の実力はよくわかっていたつもり。でも、期待以上にスケールアップしていましたね。福島牝馬Sはすごい雨で。あんな馬場は向かないだろうと思っていたんですが、スローの2番手で折り合いが付き、早め先頭でも手応えは十分でした。それでも、こちらは余裕がなく、必死に追いましたよ。まさに無欲の勝利。これまでの重賞では、うまくいったらかっこよくガッツポーズを決めようなんて考えていたのに、すっかり忘れていました。ゴール前は喜びがわき上がり、顔だけにやけてしまいましたが。以前の自分を振り返ると、あせって余計な動きをしがちでしたが、デイジーやエンシェントヒル(全7勝中6勝を生野騎手でマーク)みたいなレベルになると、馬が勝負どころを知っています。視野が大きく広がりました」
ヴィクトリアマイルは11番人気(単勝46・8倍)に甘んじたが、人馬とも初となるG1でも確かなポテンシャルを誇示。ロスなく好位で脚をため、みごと2着に導いた。
「華やかな雰囲気に圧倒されましたが、デイジーと一緒なら安心。すっと前へ行けるうえ、真面目な努力家ですから」
以降は激しく成績が上下動したブラボーデイジーだったが、武豊騎手とともにエンプレス杯を制覇。2番手で流れに乗り、3コーナーでは先頭に立つ。ラヴェリータとの追い比べをクビ差だけ凌ぎ、2つ目となるタイトル奪取がかなった。
「以前に挑んだダート戦(2戦目の京都・ダート1900mを4着)は力を付け切っていない段階でしたので、まったくの参考外。調教の走りや血統からも、この条件は合っていると思っていましたよ。生野の見解も、まったく一緒。でも、今回のレースでは名手の手綱に助けられたかな」
と、音無調教師は笑みを浮かべた。
結局、これが最後の勝利。ただし、生野騎手の引退レースとなった5歳時の愛知杯(12着)以降も、ダート重賞で健闘した。エンプレス杯やマーチSの2着が光る。全38戦を懸命に駆け抜けた。
故郷のヤナガワ牧場で繁殖入り。デイジーフローラ(1勝)、サンライズアキレス(1勝)らを超える逸材の登場を待ちたい。