サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ダノンシャンティ
【2010年 NHKマイルカップ】世界基準を超える驚きの瞬発力
数々の名馬を送り出してきた松田国英調教師にとっても、ダノンシャンティは大きな希望を運んだ逸材だった。
「世界の競馬で能力の基準となるのがマイル。そこで3歳の春に古馬の記録を塗り替える日本レコード(NHKマイルCを1分31秒4で優勝)をマークしたわけですからね。無事ならば、海外でも結果を残せたと思います。僕たちにとって、牡ならば種馬にして産地に帰すのが目標。この仔の場合は、いかに価値を高めるかを考えながら接していました」
ダート界にカネヒキリ、スプリント部門へはキンシャサノキセキ、さらにドバイシーマクラシックの覇者となったサンクラシークなど、長年に渡って多彩なトップホースを送り出したフジキセキの産駒。ラストクロップからは念願のクラシックホースとなるイスラボニータも登場し、優秀な遺伝力を再認識させた。
母はイギリス生まれのシャンソネット(仏入着)。叔父にドバイワールドC、ジャパンCを制したシングスピールをはじめ、ラーイ、ラキーンといった種牡馬がずらりと並ぶ豪華なファミリーだ。
ファンタストクラブでの育成を経て、2歳10月に松田厩舎へ。11月の京都(芝1800m)で初勝利を飾る。続くラジオNIKKEI杯2歳Sも馬群を縫って伸び、3着でゴール。共同通信杯は出遅れながらハナ差の2着と、早くから高いポテンシャルを垣間見せていた。
「当時は繊細な心身に配慮し、ごくソフトな調整でレースに臨んでいました。強気に攻められるようになったのは毎日杯(33秒4の上がりで楽勝)以降です」
そして、NHKマイルCでは驚愕のパフォーマンスを披露する。エーシンダックマンが後続を引き離し、1000m通過は56秒3という超ハイペース。安藤勝己騎手は決して慌てず、後方で折り合いに専念する。16番手で4コーナーを回ると、迷わず大外に持ち出し、次元の違う鋭さで他馬をひと飲みしてしまった。繰り出した上りは、次位をコンマ7秒も凌ぐ33秒5。あまりに鮮やかなG1制覇だった。
変則2冠を目指し、ダービーへと向う青写真。しかし、レース前日に右後脚の骨折が判明。無念のリタイアとなった。師はずっと手元に置き、治療に専念。一から地道な積み重ねが始まった。慎重に段階を踏み、有馬記念(しきりに行きたがって9着)では7か月ぶりのレースを迎える。
「肉体の成長もあり、しっかり鍛錬できたのに、下見で一気にテンションが上がり、地下馬道ではパニックに。以降はメンタル面の課題を解消させるべく、前に馬を置いても自分のリズムを守れるようにトレーニング。コースからトンネルへの往復を繰り返したりもしました。頭のポジションが下がり、トモの踏み込みも深くなり、さらに伸びる手応えを得ていたのですが」
京都記念(4着)でも折り合いを欠いたものの、終いの脚は目を引いた。最後方を進んだ大阪杯を僅差の4着。ラスト3ハロンは33秒6の鋭さで、一歩前進といえる内容だった。ところが、その後の調教で右前に浅屈腱炎を発症。結局、復帰はかなわなかった。
スタリオン入り後もスマートオーディン(重賞を4勝、種牡馬)、サイタスリーレッド(オーバルスプリント)ら、個性派を輩出したダノンシャンティ。現在は功労馬となり、静かに余生を送っている。いつまでも元気でと願いたい。