サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ダイアナヘイロー

【2017年 北九州記念】ベテランを首ったけにした幸せの女神

 2歳の暮れに入厩を果たし、年明けの京都(芝1600m)でデビュー勝ちを収めたダイアナヘイロー。スピードの違いでハナに立ち、後続に2馬身半の差を付ける楽勝だった。

「オーナーより依頼を受けた1歳時から、牝ながら馬格に恵まれ、どっしりと幅があった。ずんぐりしていてもバランスは良く、仕上がるのが楽しみだったね。ただ、中身が伴うのは遅め。育成先の小松トレーニングセンターでの動きはなかなかぴりっとしなくて。典型的な晩生に思われたよ。枠入りの練習にちょっと手間取ったけど、もともとゲートは速かった。気持ちの切り替えが上手。いざとなれば即座にスイッチが入るんだ。それにしても、いきなり勝ってしまうなんて。驚くしかなかったなぁ」
 と、福島信晴調教師は若駒当時を振り返る。

 カワカミプリンセス、ローレルゲレイロをはじめ、様々な分野に活躍馬を輩出したキングヘイローが父。母ヤマカツセイレーン(その父グラスワンダー)は未勝利であり、同馬の半姉や叔父母たちにも地方での勝ち鞍しかない。それでも、祖母ローズサッシュの兄妹にステイゴールド、レクレドールら。筋が通った一族である。

 エルフィンSでも先行力を生かし、2着に粘り込む。出負けして引っかかりながら、フィリーズレビューは4着に追い込んだ。口を割って抑えが利かなかった4月の阪神(芝1600mを4着)を踏まえ、5月の京都では芝1200mへ。後続を4馬身も突き放す。ところが、以降の7戦は激しく成績が上下動した。それでも、トレーナーはダイアナ(馬名はポール・アンカの楽曲より)の魅力に首ったけ。深い愛情に応え、どんどん美しさを高めていった。

「普段は大人しく、稽古で乗り難しくはない。でも、実戦となれば馬込みを嫌い、精神面の幼さに課題。力任せに走りすぎないよう、レースを教え込む必要があったね。大切に使ってきたのも、素質を買っていたからこそ。一戦ごと体力の向上がうかがえ、想像以上の好タイムが出るように。一瞬の反応もすばらしく、終いまで馬なりで加速する。無事に歩んでくれれば、きっと結果も付いてくると信じていたよ」

 4歳夏になり、戎橋特別を逃げ切ると、皆生特別、佐世保Sと3連勝。さらに北九州記念に臨み、早め先頭から堂々と押し切る。あっという間にタイトルホルダーの仲間入りを果たした。武豊騎手は、こう満足げに笑みを浮かべる。

「精神的に一皮むけ、コントロールが利くようになった。あっという間の4連勝。まだまだ良くなるだろう。福島先生とともに北九州記念を勝ったのは、ダンディコマンド以来、20年ぶり。うれしくて仕方ない」

 ところが、スプリンターズS(15着)、シルクロードS(16着)と大敗。ミスタートウジン、イクノディクタスをはじめ、数々の個性的な重賞ウイナーを育てた福島調教師にも定年が迫ってきた。馬へも気持ちが伝わったのか、トレーナー人生の最終日に組まれた阪急杯に臨むと、みごとに復活の勝利を成し遂げる。

 7番人気(単勝16・8倍)の低評価に反発するかのように、3コーナーでは単騎で先頭へ。淀みない流れのなか、抜群の勝負根性を発揮し、待機勢の強襲を渋太く凌いでゴールに飛び込む。馬づくりのベテランは感極まり、思わず涙を浮かべた。

「幸せな調教師生活だった。しかも、こんな最高のかたちで締めくくれるなんて。馬に感謝するかしない」

 大根田裕之厩舎に転厩後、いったん勢いが衰えたものの、5歳時も阪神Cで11番人気(単勝38・3倍)の低評価を覆し、痛快な逃げ切りを決める。阪急杯(6着)、阪神牝馬S(4着)と歩み、繁殖入りが決まった。兵庫チャンピオンシップを制したマテンロウコマンドを送り出し、母としても期待が高まる一方。この先も豊かなスピードを受け継いだ逸材を送り出すに違いない。