サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
フィエールマン
【2018年 菊花賞】秋の祭典に木霊する気高き雄叫び
朝日杯FS(アルフレード、アジアエクスプレス)、桜花賞(アユサン)、ユーバーレーベン(オークス)、シュネルマイスター(NHKマイルC)、ソールオリエンス(皐月賞)をはじめ、次々とタイトルを手にしている手塚貴久調教師だが、フィエールマンとの巡り会いは、かけがえのない財産になったと振り返る。さらなる前進に向け、トレーナーはこう意欲を燃やす。
「一緒に過ごせた時間がありがたくて仕方ありません。フィエールマンが成果を残すたび、厩舎力も高まった実感があります。これまでも、きめ細やかな状態把握に努めてきたつもりですが、それぞれの馬が発する些細なサインを見逃さない姿勢がスタッフへ浸透。意思疎通がスムーズにはかれ、全体が勝利に向けて一丸となって取り組んでいますよ」
サンデーサラブレッドクラブにて総額1億円で募集されたフィエールマン(馬名はフランス語の音楽用語であり、気高く、勇ましくの意味)。スーパーサイアーのディープインパクトが父。母のリュヌドール(その父グリーンチューン)も、伊G1・リディアテシオ賞、仏G2のポモーヌ賞やマルレ賞を制した名牝である。半姉にLearned Friend(仏G2・グロシェーヌ賞など重賞を4勝ちしたInns Of Courtの母)、ルヴォワール(3勝)ら。ラストヌードル(3勝)、ルーツドール(2勝)、エクランドール(2勝)、アヴィオンドール(現2勝)が弟妹にいて、めきめき発展を遂げているファミリーだ。
「1歳時は華奢でしたし、明らかに晩生のイメージ。育成先のノーザンファーム空港では体質の弱さに配慮されて育てられたのに、手元に来た2歳10月当時でも、ダイナミックに動けました。重いウッドコースでもフォームがぶれないんです。こんな走りができる馬は記憶になく、これはG1レベルだと確信しましたよ」
大切にステップを踏み、ゲート試験の合格後はNF天栄でリフレッシュ。年明けに帰厩すると、実質3本の追い切りを消化した時点で新馬戦(東京の芝1800m)に臨んだ。好位を進むセンスの良さを示したうえ、きっちり差し切りを決める。
「実戦での闘争心が旺盛な一方、跨れば鞍上の指示に従順。初戦は除外を想定して前倒しで投票したのに、スムーズに力を発揮してくれました」
右前に骨瘤を抱えていたため、いったん放牧を挟んだ後、山藤賞へ。出遅れて置かれたものの、勝負どころでは大外を回って進出した。ゴール前で先頭に立ち、鮮やかに突き抜ける。さらに間隔を空け、ラジオNIKKEI賞(2着)に臨むと、断然の末脚で半馬身差まで詰め寄った。
「消耗度に応じてレース間隔を開ける必要があり、使うタイミングに合致したのが相性がいいとは見ていなかった福島。それでも、無事に賞金加算を果たせ、菊花賞へ照準を定めることができました」
そして、史上初となるキャリア4戦での菊花賞優勝を成し遂げる。スローペースに流れたなか、絶好の手応えで好位をキープし、満を持してスパート。ラスト2ハロンが10秒7、11秒3とハイラップが刻まれた究極の決め手比べとなったが、外から強襲したエタリオウをハナ差だけ退け、栄光のゴールへと飛び込んだ。
「大舞台に臨んでも、持ち前の瞬発力を遺憾なく発揮。一気の距離延長が不安材料でしたが、スタミナやパワーも兼備した個性です。調教では長めの距離を乗って、攻める内容を課し、勝つのにふさわしい態勢を整えられましたね」
4歳初戦のアメリカJCCは2着だったが、帰厩後に熱発があり、順調さを欠く影響も大きかった。天皇賞・春に照準を定め、しっかりと英気を養った。伝統の一戦でも過去最少の出走回数にして制覇がかなう。4コーナーでトップに立ち、グローリーヴェイズとの壮絶な叩き合いをクビ差で凌ぎ切った。
「レース間隔が空いても、調整しやすい特長は変わりません。しかも、一戦ごとに進化を遂げ、順調に中身が詰まってきた。疲労回復も早くなりましたよ。決して3000m以上がベストとは思えないのですが、懸命にファイトしてくれるんです」
クリストフ・ルメール騎手が「ソフトな芝も合う」との見解を示したことで、凱旋門賞へのステップとして札幌記念を選択。ここは3着に敗れたが、最速タイ(3ハロン34秒9)の伸び脚を駆使している。だが、勇敢に挑んだ世界最高峰の舞台は過酷な重馬場となった。12着に敗退する。
帰国初戦の有馬記念は4着。翌春も天皇賞・春に目標を絞り、入念な立て直しが図られる。前年と同様、着差はハナだったが、一段と充実してきたことを物語るパフォーマンス。中団で脚をため、レースの上がりを1秒4も凌ぐ34秒6の切れを爆発させた。みごとに連覇を達成する。
「道中はゆっくり行きすぎではないかと心配しましたが、ルメール騎手にあせりはなかった。良馬場で迎えられたこと、輸送がうまくいったことも勝因です。あの時点でも底知れない可能性を感じていました」
秋シーズンはオールカマーから始動する予定だったが、熱発により回避。丁寧に態勢を整え、天皇賞・秋に駒を進める。断然の人気に推されたアーモンドアイに及ばなかったとはいえ、絶対女王のラスト3ハロンよりコンマ4秒も速い32秒7の鋭さで半馬身差の2着に迫った。
しかし、有馬記念(3着)を走り終え、右前の繋靭帯に炎症を発症。早すぎる引退が決まった。ブリーダーズスタリオンステーションにて種牡馬入り。卓越した身体能力や抜群の勝負根性は、きっと次世代へと伝わることだろう。世界に名を轟かせる逸材の登場を期待したい。