サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
イナズマアマリリス
【2008年 ファンタジーステークス】健気に美しく野の花のように
豪華なバックボーンを持つ繁殖に、選び抜かれた種牡馬を配さなければ大レースを狙えない傾向が強まっている日本競馬にあっても、ときとして登場する地味な個性派に感情移入するのは楽しみのひとつである。
2008年のファンタジーSに勝ったイナズマアマリリスは、数少ないスエヒロコマンダー(父コマンダーインチーフ、99年の小倉大賞典、同年鳴尾記念など60戦7勝)の産駒として注目を集めた。息長く走り、重賞で19回も掲示板に載った父だけでなく、その母スエヒロジョウオー(父トウショウペガサス、92年阪神3歳牝馬S)も新冠にある小泉牧場の生産馬だ。
母のイナズマラム(父ラムタラ、地方1勝)も同場の生まれ。そして、祖母のイナズマクロス(父シービークロス、91年クイーンS)も同様で、小泉牧場に初となる重賞勝ちをもたらした宝物のようなファミリーである。
ホッカイドウ競馬主催レースで5戦2勝の成績を収めた後、9月の札幌(500万下、芝1200m)を勝利。華やかな舞台へ進むパスポートをつかむ。続くすずらん賞も力強く伸び、クビ差の2着と健闘した。
確かな才能を確信したオーナーブリーダーの小泉賢悟氏は、JRAへの移籍を決断する。父を手がけ、父の代表産駒であるメトロシュタイン(同馬も小泉牧場産)も所属する松元茂樹厩舎へやってきた。
そして、転入緒戦のファンタジーSを迎える。体重はマイナス14キロの434キロだったが、しっかり乗り込まれての結果。イレ込みが目立ったものの、これももともとの特徴だった。
地方時代はゲートの速さで勝負していた同馬。好スタートを決め、逃げ馬の後ろで折り合いを付ける。最内ぴったりを回り、直線へ向くと、手応えどおりのしっかりした伸び脚。ゴール前は4頭が横並びとなる接戦となったが、抜群の勝負根性でクビ差だけ凌ぎ切った。13番人気の低評価を覆し、みごとにタイトルを手中に収めた。
持ち乗りで担当した吉田貴昭調教助手は、社台ファームでの研修を経て、前年の4月にトレセンに入ったばかり。人馬ともに、うれしい重賞初優勝の瞬間だった。
「きれいな瞳をしているでしょ。目の周りがアイラインを引いたように黒く、なかなかの美形なんです。素直で賢く、ほんとかわいい。パドックやゲート裏で一気に燃えるとはいえ、輸送も平気。勝てる自信こそありませんでしたが、強めの調教をしてもケロっとしていて、芯はしっかりしていますからね。攻め馬の感触からも競ったら渋太いだろうと想像していました。古馬と併せても決して退こうとしないんですよ」
と、声を弾ませた。
阪神ジュベナイルフィリーズは5着。前が狭くなり、苦しい位置取りとなったなか、直線はよく差を詰めている。8着に終わったフェアリーSも、敗因ははっきりしていた。前に壁をつくれず、ずっと力んで走っていた。
チューリップ賞(8着)を経て、日高ならではの希少な血脈を持つ美少女は、若き吉田さんとともにクラシック戦線に挑む。だが、ブエナビスタをはじめ、社台グループが誇る素質馬たちの壁は厚かった。本来の素直さや闘志も失われ、桜花賞(16着)、オークス(17着)と惨敗を喫する。
この過酷な経験により、すっかり体調を崩してしまう。以降は6連敗(うち障害を2戦)。4歳11月、静かに現役を引退した。繁殖としても、カモンスプリング (2勝) 、ミルトハンター(現3勝)らを輩出。さらなる勝利を期待したい。