サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
フミノイマージン
【2012年 札幌記念】熱きファイトに込められた平和への祈り
HBAサマーセール(1歳)にて860万円で落札されたフミノイマージン。母シンコウイマージン(その父ディキシーランドバンド)は未勝利に終わったが、祖母のヴィヴィッドイマジネーションが米G3・ゴールデンロッドSの覇者であり、その半妹にG1を11勝したセレナーズソングがいるファミリーである。多様な個性の一流馬を輩出しているマンハッタンカフェが配されて誕生した。
担当した中井仁調教助手にとっては、かけがえのない愛馬。こう感慨深げに振り返る。
「この世界に入って初めて手がけ、初勝利をプレゼントしてくれた。そのうえ、重賞勝ちまで経験させてくれたんですから。もともとかかることがありませんでしたし、馬体を併せれば渋太かったですね。ただ、体質は繊細。深いウッドコースでは動けなかったように、いかにも非力でしたよ。かつては早め進出がパターンでしたが、経験を積んでたくましくなり、終いを生かす競馬が板についた。それにしても、あんな脚を使えるようになるなんて。想像以上の成長力を秘めていましたし、簡単にあきらめてはいけないと教えられました」
加藤ステーブルでの育成を経て、2歳10月に栗東へ。暮れの新馬(阪神の芝1600m、4着)もいったん先頭のシーンがあり、確かな素質を垣間見せた。6番人気に甘んじた2戦目の京都(芝1600m)を勝ち上がり、3月の阪神(芝1600m)も12番人気で勝利。地味ながら味のあるところを示す。オークス(11着)にも駒を進めた。
3か月のリフレッシュを挟み、道新スポーツ杯より3歳の秋シーズンをスタート。いきなり3馬身半差の快勝を収める。だが、ここまでの8戦を懸命に走り抜けたことで、体力は限界を越えてしまった。筋肉痛が治まらず、結局、1年間もレースから遠ざかる。
「なんとか無事に復帰させようと、プール調整を繰り返した過去があります。泳ぐのは本当に遅いのですが、楽しんでいるみたい。想像以上の効果がありましたね。イライラしがちな面が薄れ、見違えるように飼い葉を食べてくれるようになりました」
入念な基礎固めが実を結び、おおぞら特別(3着)以降はコンスタントに走っていても、レース後の疲労も短期間で解消。同馬向きの仕上げがしっかり確立された。4勝目をマークしたのは、5歳2月の稲荷特別。但馬Sこそ6着に終わったものの、そこから一気に本格化する。格上挑戦となった中山牝馬Sではメンバー中で最速となる上がり(34秒2)で2着まで追い込んだ。
福島牝馬Sではさらに切れを増し、ラスト3ハロンは33秒3。スローペースにもかかわらず、後続に2馬身を付ける完勝だった。
騎乗した太宰啓介騎手にとっても、これが初めての重賞勝ち。じわじわとわき上がる感激を抑えながら、パートナーを称えた。
「初勝利時をはじめ、たびたび跨る機会はありましたが、この間の充実ぶりに驚きました。頼りなかったトモの強化が著しく、ぐんと乗りやすくなっていましたね。この馬と出会え、感謝するしかありません。ようやく念願が果たせ、ずいぶん気が楽になりました。こちらも技術を高め、前向きにがんばりたい」
人馬の絆は一戦ごとに強まり、マーメイドS、愛知杯も制覇。6歳になり、ヴィクトリアマイル(出遅れて15着)やクイーンS(脚を余し8着)と乗り替わって結果を出せなかったが、札幌記念では再び太宰騎手にオファーが。デビュー15年目にして、札幌で騎乗するのは初めてだったが、みごとに持ち味を発揮させることとなる。
「6歳になっても進化を遂げ、東京新聞杯(メンバー中で最速となるラスト33秒3で追い込みながら4着)や阪神牝馬S(直線で不利を受けてクビ+クビ差の3着)のころは最高の状態でした。それなのに勝てず、今度こそはと期するものがありましたよ。大切に育ててきた厩舎サイドの努力に、なんとか応えたかった」
前半は後方で息を潜めていたフミノイマージン。向正面でもラップは落ちず、スタミナも要求されるタフな流れとなったが、3コーナーで外目に持ち出すとぐんぐん進出を開始する。早め先頭のダークシャドウ(半馬身差の2着)が粘り込みを図り、好位で脚をためたヒルノダムール(3着)も懸命に伸びるなか、レースの上がりをコンマ8秒も凌ぐ3ハロン34秒4の鋭さを見せつけ、トップクラスの牡馬を撃破したのだ。
「勝負どころからまくっていって、きっちり差し切ってしまった。改めて強さを実感しましたね。仕掛けての反応には惚れ惚れさせられます。加速してからも長く脚が持続するのがすごいところですよ」
以降もG1制覇の夢を追い求め、果敢に戦った同馬だったが、ときとして競馬は過酷な結末を突き付ける。ヴィクトリアマイルでは競走中止。右前の指関節を脱臼していた。手の施しようがなく、安楽死の処置が取られた。
それでも、中井さんや太宰騎手の胸に宿った魂は、いつまでも熱く燃え盛り、また新たなチャレンジを後押ししていく。多くのファンにも勇気を与え続けることだろう。