サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ブレイクランアウト
【2009年 共同通信杯】渾身の力を込めて放たれた完璧なブレイクショット
社台コーポレーションがアメリカで所有する繁殖のキュー(その父フレンチデピュティ、G2・ロングアイランドHなど米7勝)に、カーリン(BCクラシック、ドバイWC、プリークネスSなどG1を7勝)らを輩出して一時代を築いたスマートスライクが配されて誕生したブレイクランアウト。キャロットクラブに総額3600万円でラインナップされる。母名「キュー」から連想され、全ての球をノーミスで落とすことを意味するビリヤード用語を命名された。
ノーザンファーム空港で育成されていた当時より機敏な反応に定評があり、2歳7月に新潟の芝1600mでデビューすると、いきなり4馬身差の圧勝。非凡な才能に自信を深めた陣営は、じっくり3か月の間隔を開けて成長を促し、いちょうSに備えた。だが、直線入り口で行き場を失い、いったん最後方まで下げる致命的な不利。ゴール前で猛然と伸びたものの、4着に敗れてしまう。
東京スポーツ杯2歳Sでは、クラブの意向もあって武豊騎手にスイッチ。後方に下げて折り合い、メンバー中で最速タイとなる3ハロン33秒4の末脚を駆使する。ただし、ペースはスロー。好位を上手に立ち回り、早めに抜け出したナカヤマフェスタにはクビ差だけ届かず、無念の2着に終わった。
朝日杯FS(3着)も1番人気を背負って登場。大外を回ってロングスパートをかけたが、ゴール前で甘くなり、セイウンワンダーとフィフスペトルに差し返された。名手も「結果的に動くのが早かった。ここを勝つのにふさわしい能力があるのに」と、唇を噛み締めた。
3歳の緒戦に選んだ共同通信杯は、汚名返上に向けて負けられない一戦。中間もトレセンに在厩させ、入念な仕上げが施される。そして、他馬を寄せ付けないほどの強さを発揮してほしいとの願いが込めらた馬名どおり、完璧なブレイクショットが決まった。後方のインで脚をため、直線は狙ったスペースを一気に突き抜ける。レースの上がりを1秒3も凌ぐ33秒6の切れ味。2着のトーセンジョーダンとはコンマ3秒も差が広がった。
「好スタートを切ったけど、直線の長い東京。慌てることはないからね。きちんと指示に従ってくれたし、ゴーサインを出したら、すごい瞬発力。今後に楽しみがふくらむ内容だよ」
と、武豊騎手は安堵の笑顔を浮かべた。
ところが、これが最後の栄光となる。NHKマイルCは伸び切れずに9着、ダービーも過酷な不良馬場が堪えて15着。朝日チャレンジCではクビ差の2着に浮上し、菊花賞(16着)へと駒を進めたが、反動は大きかった。1年のブランクを乗り越え、富士Sを5着したところで、右前脚の浅屈腱に不全断裂を発症。悲運に泣いた競走生活だった。
種牡馬となり、稀少な産駒よりロードリベラル(ラジオNIKKEI賞を3着)を送り出したものの、2020年に乗馬となり、静かに余生を送っている。それでも、共同通信杯で放った会心の一撃は、いまでも鮮烈なまま。次世代のファンへと語り継ぎたいヒーローである。