サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

フォゲッタブル

【2009年 ステイヤーズステークス】はるかかなたのゴールまで届いた忘れえぬ末脚

 フォゲッタブルは、セレクトセール(1歳)にて2億5000万円もの高額で落札された金の卵。オークスや天皇賞・秋などを制したエアグルーヴ(その父トニービン)に、菊花賞馬のダンスインザダークが配されて誕生した。同馬の半姉にアドマイヤグルーヴ(エリザベス女王杯2回)ら。半弟にもルーラーシップ(クイーンエリザベス2世C)がいる超良血である。

 所属先は名門の池江泰郎厩舎。数々のトップホースを手がけた市川明彦厩務員は、2歳10月に栗東へやってきた当初から規格外の手応えを感じていた。

「走る馬にはそれぞれ初めて味わうものがあって、例えばディープインパクトは曳いていてもバネが伝わり、躍動感が違いました。この馬を検疫に迎えにいったら、浮いたような歩きにびっくりしましたね。軽く曳き手を動かすだけで、すっと付いてくる。すごく柔軟で、エアスクーターみたいだと思いましたよ。サイレントディールなどのぐいぐい進むパワーとは、正反対の感覚なんです」

 ただし、後躯の肉付きが物足りず、体質の弱さも目立っていた。慎重にメニューを強化し、出走は年明けに延びる。2戦目で勝ち上がるも、生田特別で500万を卒業するのに4戦を要した。育成場との行き来でレースに臨むスタイルが通常となったなか、手元に置いて丁寧に磨きがかけられる。

「すみれS(5着)の後は、体力を消耗してもうガタガタ。3か月間、レースから遠ざかりました。それでも、自分をしっかり持っていて、精神面が半端じゃなく強い。その点では、ディープをもはるかに凌ぐものがありましたね。よく耐え、乗り越えてくれました」

 セントライト記念を3着し、菊花賞に向かう。いよいよステイヤーの血が騒ぎ出した。中団のインで脚をため、力強く伸びる。わずかハナ差の2着に食い下がった。

 厳しいレースを経ても、さらに充実。ステイヤーズSでは初のタイトルに手が届く。スローペースを楽な手応えで折り合い、外から圧巻の末脚を駆使する完勝だった。

「レース後の回復が早くなり、甘かったトモがふくらみ出した。あっという間に完成の域へ。ぞくぞくさせられるような走りが、目に焼き付いています」

 その後も着実に進歩を遂げ、有馬記念は4着に健闘。57キロのハンデも、先行勢に有利な展開も簡単に跳ね除け、ダイヤモンドSに優勝する。

 ところが、天皇賞・春(6着)は1番人気を裏切ってしまう。以降も本来の調子を取り戻せず、結局、19連敗を喫した。果敢な先行策で7歳時の阪神大賞典を3着したものの、天皇賞・春で10着に沈むと、引退が決定した。

 重厚でありながら、気品にあふれる逸材だったフォゲッタブル。ピークのタイミングは短かったけれど、「忘れがちな」との馬名に反し、いつまでも記憶に残る輝きを放ち続けている。