サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ダイワスカーレット
【2008年 大阪杯】深紅色に染まった卯花月のビクトリーロード
ウオッカがダービーを制した世代にあって、並び評された天才少女がダイワスカーレット。常にトップクラスと渡り合い、全12戦で8勝をマークしたうえ、敗れた4走に関しても2着に踏み止まっている。先行して押し切る安定したレーススタイル。スピードともにスタミナも兼ね備え、自由自在にペースを操った。
抜群の勝ち上がり率を誇り、08年にはリーディングサイアーに輝いたアグネスタキオンの最高傑作。母スカーレットブーケ(その父ノーザンテースト)は札幌3歳Sを皮切りに重賞を4勝した。同馬の姉兄にダイワルージュ(新潟3歳S)、ダイワメジャー(皐月賞、天皇賞・秋、マイルCS2回、安田記念)がいる華麗な一族だ。
主戦を努めた安藤勝己騎手は、こう出会いの瞬間を振り返る。
「デビュー前の追い切りに跨ったら、馬なりでもタイムが出すぎるほど。能力が桁違いだった。ただ、前向きな気性がどっちにころぶか、当時はわからなかった。あれほど距離をこなせるとは思わなかったよ」
2歳11月、京都の芝2000mで新馬勝ち。中京2歳Sも追い出しを待つ余裕があり、あっさり連勝を飾る。シンザン記念ではアドマイヤオーラの切れ味に屈したが、ジョッキーも力負けだとは感じていなかった。
「もっと早く仕掛けていれば、結果は違ったと思う。あのレースは我慢を教えたくて、できるだけふわっと乗った。出していかなくてもゲートはすごく速いし、すぐにトップスピードへ。持っている個性で勝負したほうがいいと腹を括ったね」
チューリップ賞で待ち構えていたのがウオッカ。クビ差に敗れたとはいえ、懸命に食い下がる。ただし、桜花賞で逆転するためのイメージはつかめていた。
「末脚はウオッカが上。でも、総合力ではまったく遜色がない。位置取りはこだわっていなかったし、前半は中団に付けていたが、引っ張り切れないくらいの手応え。これまでよりワンテンポ早く動いたんだ。コーナーで楽々と上がっていけたよ。直線ではやはりウオッカがやってきた。でも、脚は十分にあったからね。最後までよく辛抱してくれたよ」
大外枠を引きながら、ライバルをあっさり突き放し、1冠目を奪取。だが、オークスは感冒のために回避する。休養を挟み、一段とパワーアップ。ローズSを順当に突破し、2冠目へと向かった。
持ち前の機動力をフルに発揮した秋華賞。楽な手応えで4コーナーでは先頭に立ち、後続を突き放す。2着のレインダンス、そして、わずかの差で1番人気を譲ったウオッカにも、影を踏ませない完勝だった。
「ハナを主張した馬がいたので、無理せずに見るかたち。自分のリズムで運べさえすれば、ラストで弾けると信じていた。早めに押し出されてもリズムを保ったまま。外から迫る馬も、ちらっと視界に入ったけど、負ける気はしなかったね。前走もそうだったが、ほんとに強い。ここも通過点だと思う」
さらにエリザベス女王杯を堂々と制覇。抜群のスタートを切った時点で勝負は決した。前年に同レースを制したフサイチパンドラが迫ってきても、余力はたっぷり残っていた。
「レース前はいろいろ考えず、ゲートを出てから作戦を決める心づもり。無理なく先手を奪えたし、じわっと行かせることにした。ゆったりと流れ、途中でハミを取ったとはいえ、問題のない程度。前回より落ち着きがあったし、見た目以上に危なげない内容。この感じなら、もっと長い距離でもやれるかもしれない」
ジョッキーの予言通り、有馬記念も2着に健闘。コース巧者のマツリダゴッホにインをすくわれながら、最後まで渋太く食い下がった。JRA賞最優秀3歳牝馬に輝く。
予定していたドバイ遠征は角膜炎を発症して白紙になったものの、4歳緒戦の大阪杯を快勝。1コーナーで主導権を握り、マイペースに持ち込む。懸命に追いすがるエイシンデピュティ(2着)、アサクサキングス(3着)、メイショウサムソン(6着)などの強力牡馬をあっさり退けた。
「直線手前で早めに並びかけられたが、ゴーサインを送ればしっかり反応。思った通り、もうひと伸びしてくれた。有馬記念から3キロ、斤量が増量されても、関係なかったね。ずいぶん馬体に幅が出て、メンタルも落ち着き、ますます強さが際立ってきた」
右前に骨瘤が見られ、再度の休養を強いられたが、狙った舞台で確実に力を出せるのが同馬の長所である。ウオッカと2センチ差の接戦を繰り広げた天皇賞・秋(2着)を経て、有馬記念へ。後続にも脚を使わせる絶妙のペース配分がかない、37年ぶりとなる牝馬の優勝を果たす。
ドバイワールドCへのチャレンジを視野に入れ、フェブラリーSよりスタートするはずだった5歳シーズン。ところが、1週前追い切りで屈腱炎を発症してしまう。早すぎる引退が決まった。
ダイワレジェンド(4勝)、ダイワエトワール(3勝)、ダイワメモリー(3勝)、ダイワクンナナ(3勝)らを送り出し、繁殖としても優秀な成績を収めたダイワスカーレット。10頭続けて牝が誕生していて、女傑の系譜は、どんどん枝葉を広げている。新たなスターの登場が楽しみでならない。