サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

イスラボニータ

【2017年 阪神カップ】ホースマン人生の掉尾を飾る晴れやかな栄光

 31歳の若さでトレーナーとなり、2019年に定年を迎えるまで40年間、馬一筋に歩んだ栗田博憲調教師。タレンティドガール(87年エリザベス女王杯)、ヤマニンゼファー(92年・93年安田記念、93年天皇賞・秋)、シンコウフォレスト(98年高松宮記念)らを手掛けた達人も、晩年の傑作となったイスラボニータについては「神様が授けてくれた宝物」だと微笑む。

 父はフジキセキ。スプリント部門へキンシャサノキセキ、エイジアンウインズやストレイトガールといったマイル女王、驚異の日本レコードを叩き出したダノンシャンティ、さらにダート界にはカネヒキリ、シャトル先での成功作としてもドバイシーマクラシック勝ちのサンクラシークら、長年に渡って多彩なトップホースを輩出した。母イスラコジーン(その父コジーン)はアメリカで2勝。重賞での2着が1回(芝1700mのG2・ミセスリヴィアS)、3着が2走ある。

 社台サラブレッドクラブにて総額2400万円で募集されたイスラボニータ(馬名はスペイン語で美しい島の意)。百戦錬磨のトレーナーも、1歳で出会った当初より、新鮮なときめきを覚えたという。

「5月21日の遅生まれですし、小柄ではありましたが、皮膚が薄く、ゴム毬みたいに筋肉が柔らかくて。健康的なイメージを保ったまま、まっすぐ育ちましたよ。まずはゲート試験を受けようと、2歳4月に入厩させたところ、素直で賢く、短期間で合格。デビューをあせったわけではないのに、タイムを出し始めても、こちらの期待を楽々と超えてしまう。すべてがスムーズに進みました」

 新馬戦が始まったばかりの東京(芝1600m)を楽勝。新潟2歳Sは2着だったが、いちょうS、東京スポーツ杯2歳S、共同通信杯と3連勝を飾り、頂上決戦へと突き進む。

 初の右回り、2000mとなった皐月賞だったが、難なく克服。先行集団を見ながら絶好の手応えで追走。コーナーからスパートすると、一気に先頭に躍り出て、後続にコンマ2秒の差を付ける快勝を収める。

「成長段階に応じて、調教の中身を強化。馬もきっちり応えてくれる。それは幸せな瞬間でしたね。フジノフウウン(84年ダービー3着)、グランパズドリーム(86年ダービー2着)などを晴れ舞台に送り出した過去があったとはいえ、この世界に長くいても手が届かず、クラシックの難しさを痛感していましたから。ただし、器の大きさを考えれば、ここで満足してはいけないと、むしろ心を引き締めました」

 栗田師のみならず、フジキセキ産駒としても初となるクラシック制覇。スピード色が濃い遺伝子ながら、さらなる距離延長にも対応する。ダービーはあと一歩の2着。秋シーズンは、セントライト記念よりスタート。あっさり抜け出すと、後続にコンマ2秒差を付けてゴールした。

「キャリアを積むごと、めきめきパワーアップ。負ける気がしなかったですよ。がちっと詰まった体型を見れば、典型的なマイラーに。ただし、たくましい首周りに反して、前肢をダイナミックに伸ばせるのは天性の資質です。古馬になってっても、関節のしなやかさは変わらなかった」

 天皇賞・秋も、僅差の3着に健闘。ところが、以降はなかなか勝利の女神が微笑まない。4歳時に天皇賞・秋とマイルCSを3着、翌シーズンはマイルCSでアタマ差の2着しながら、12連敗を喫する。

「その都度、たら、れば、と嘆きたくなる結果。でも、こちらが悶々としていたら、決して崩れずにがんばり、次へ次へと夢をつないでくれる馬に申し訳ない。こんなときこそ、これまで培ってきた経験を生かさないと。軌道修正を誤ったら一生を左右すると肝に銘じて、馬本位で状態の見極めに努めたんです。放牧先の山元トレセンでも、きめ細やかにケア。気持ちをひとつにして取り組め、ありがたかったですよ」

 あきらめずにゴールを目指す愛馬と同様、指揮官も最大限の情熱を注ぎ続ける。そして、6歳時のマイラーズCで宿願がかなった。前半は中団でリズムを重視。3コーナーかせインに入れ、ロスなくポジションを上げると、絶好の手応えで馬群を割り、鋭く突き抜けた。

「改めて非凡な能力を証明でき、ほっとしましたよ。直線ですっと馬群を割ってきたとき、じんと胸が熱くなりました」

 安田記念(8着)は前が詰まって不完全燃焼。富士S(2着)マイルCS(5着)を経て、阪神Cに臨む。これがラストランだとわかっていたかのように、運命の決勝線へと闘志を集約させ、ハナ差の接戦を凌ぎ切った。

「他馬にぶつけられてバランスを崩しながら、マイルCSでも懸命に脚を使っている。普通ならば、やめてしまうところです。有終の美を飾れたうえ、従来のレコードを大幅に更新(勝ちタイムは1分19秒5)。最後まで真面目な姿勢を貫き通してくれ、感謝の気持ちでいっぱいでしたね」

 常にトップクラスを相手に、全25戦で18走が3着以内。掲示板を外したのは敗因が明確な3戦しかない。ホースマン人生の集大成となるタイミングに勇気を与えてくれたイスラボニータに、名将はこうエールを送る。

「心肺機能の強靭さに加え、故障とも無縁。きっと種牡馬としても成功するでしょう。私はリタイアしましたが、孫のように感じていますよ。応援するのが楽しみでなりません」

 プルパレイ(ファルコンS)、ヤマニンサルバム(中日新聞杯、新潟大賞典)、コスタボニータ(福島牝馬S)、トゥードジボン(関屋記念)、ニシノエージェント(京成杯)と、順調に重賞ウイナーを輩出。父の域に達する大物の登場が待ち遠しい。