サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ダノンバラード

【2013年 アメリカジョッキークラブカップ】父仔2代のドラマが詰め込まれた味わい深き旋律

 日本競馬史に偉大な足跡を残した池江泰郎調教師にとっても、最高傑作といえるディープインパクトへの思い入れは特別なものがある。種牡馬入りしてからも驚異的なスピードで勝ち鞍を量産したが、初の重賞ウイナーも師の手元から誕生した。ダノンバラードのことである。

「ディープのラストランは、クリスマスイブに行われた有馬記念(08年に優勝)だった。この季節になると、こちらも圧倒されたあの走りを思い出すし、この仔もクリスマス当日に会心の勝利。すばらしいプレゼントをもらったなぁ。なにか運命的なものを感じてしまう」
 と、馬づくりの達人は、ラジオNIKKEI杯2歳Sで味わった喜びを振り返る。

 母レディバラード(その父アンブライドルド)は、交流重賞のクイーン賞やTCK女王盃をはじめ、7勝をマークした。深い砂に耐えられる強靭な母系に、サンデーサイレンス系のなかでも真打といえるスーパーサイアーの遺伝子がマッチ。同馬の叔父にスライゴベイ(米G1・ハリウッドダービー)、ロードアリエス(3勝、京都新聞杯2着)は半兄にあたる。

「当歳で出会ったころより、大きな期待を寄せていた。優秀な血ならではの柔らかな身のこなし。小さな顔は父譲りだよ。多くの子供たちを見たなかでも、はっとさせられるくらい似ていてね」

 坂東牧場で順調に育成され、2歳9月に札幌競馬場へ。栗東に移動してからも、調整はスムーズに進んだ。

「やはりディープの産駒。薄めのスタイルでも、バネの利いたフットワークで軽々と走る。学習能力も高いんだ。いざというときは燃えるけど、普段はとてもおとなしい。性格も理想的だよ」

 京都の芝1800mで新馬勝ち。好位から危なげなく抜け出した。京都2歳Sはクビ+クビ差の3着に惜敗したが、道中で行きたがる若さに邪魔されたもの。ラジオNIKKEI杯2歳Sに臨むと、前2走のイメージを覆す瞬発力を発揮する。出遅れて10番手の位置取りとなりながら、メンバー中で最速の末脚を繰り出し、豪快な差し切りを決めたのだ。

 共同通信杯は9着に終わったものの、名将が管理した最後の世代として名を残すとともに、先頭に立ってディープインパクト時代を切り拓いた同馬。引き継いだ池江泰寿調教師も、若駒時代より深い愛着を寄せていた。転厩初戦の皐月賞でいきなり3着に好走。ところが、両前の球節に炎症を起こしてしまい、ダービーは回避することとなった。

「無念でしたよ。つなぎが立ち気味ですし、蹄も減りやすいのが特徴。だから、脚元に負担がかかりやすいんです。その後も坂路主体のセーブ気味な調整に終始してきました。それでいて、大崩れしないあたりは確かな才能の証明です」(池江泰寿調教師)

 秋緒戦のアンドロメダS(3着)以来、歯がゆい6連敗。ただし、日経新春杯で2着したのをはじめ、すべて4着以内でまとめた。終い勝負に徹しながら、関ヶ原Sで2馬身差の快勝を収める。

 小倉記念(4着)、カシオペアS(2着)を経て、アンドロメダSでは順当に4勝目を挙げる。8着まで後退した金鯱賞は、ハナに立ったのが裏目に出た結果。爪の状態も良化し、しっかり負荷をかけられるようになってきた。

 味わい深いイントロだけでも多くのファンを魅了してきたダノンバラードだが、奏でるメロディーはいよいよ最高潮に。アメリカジョッキークラブCで久々のタイトル奪取がかなう。コーナーからスパートし、直線で内にもたれながらも、豪快に突き抜けた。

 中山記念(6着)や日経賞(7着)で評価を下げたとはいえ、鳴尾記念(3着)をステップに宝塚記念へと駒を進める。積極策から粘り、堂々の2着。皐月賞以来となるG1の舞台で、改めて底力を示した。

 だが、オールカマー(3着)を境に、本来の闘争心が途切れてしまう。天皇賞・秋(16着)、有馬記念(15着)、アメリカJCC(12着)、アンタレスS(14着)と浮上のきっかけはつかめず、種牡馬入りが決まった。

 父の後継には錚々たる逸材が居並ぶが、パワーが要る中山のターフで演じた秀逸なパフォーマンスは魅力的だった。ロードブレス(日本テレビ盃)に続き、キタウイングが新潟2歳S、フェアリーSを制し、種牡馬としても評価を上げた。ディープな感動を与える新たな名曲のリリースを待ちたい。