サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
アンライバルド
【2009年 皐月賞】ライバルを寄せ付けない瞬時の破壊力
次々とビッグタイトルを手中に収め、日本を代表する地位を固めている友道康夫調教師。マカヒキ、ワグネリアン、ドウデュースの日本ダービー、ジャスティンミラノによる皐月賞、ワールドプレミアでは菊花賞を制覇しているが、初めてクラシックに手が届いたのがアンライバルドの皐月賞である。
2008年10月26日、京都の芝1800mで新馬勝ち。コンマ2秒差の2着がリーチザクラウン(マイラーズC、きさらぎ賞、ダービー2着)だった。3着は歴史的な名牝に育つブエナビスタ(ジャパンC、天皇賞・秋などG1を6勝)であり、菊花賞を制するスリーロールスが4着に続いた。
「レース前からお互いをライバル視しながらも、それぞれの陣営も勝つことしか想像していなかったのでは。人気は3番手(単勝7・6倍)でしたが、もちろん、こちらも自信を持って送り出しました。早くからクラシックへ進める素材だと見込んでいましたから」
と、友道トレーナーは伝説の一戦を振り返る。
リーチザクラウンの橋口弘次郎調教師は、「またバレークイーン(その父サドラーズウェルズ)の仔にやられたか」ともらしたという。アンライバルドの半兄に、96年のダービーに優勝したフサイチコンコルドがいる。同レースにダンスインザダークを送り込んだ名将は、わずかクビ差で涙を飲んでいた。
祖母サンプリンセス(英オークス、英セントレジャーなど)に連なる優秀な母系に配されたのは、2冠馬のネオユニヴァース。同馬以外にもロジユニヴァース(ダービー)らが登場した初年度産駒にあたる。
「松田国英厩舎の助手だったころ、身近で接したボーンキング(01年京成杯など)の下でもあるんです。血統的な裏付けだけでなく、身のこなしが柔らかく、当歳時から品がありました。バランスを崩さず、まっすぐに成長しましたね。預託予定だったひとつ上の兄(アンダルーサ、父アグネスタキオン)は体が大きくなりすぎ、脚のトラブル続き。結局、入厩もできませんでした。でも、あの仔の育成過程は順調そのもの。ノーザンファームへ会いに行くのが楽しみでなりませんでしたよ」
早めに輸送や環境の変化に慣れさせようと、札幌でゲート試験をパス。栗東に移動後も段階を踏みながら、丁寧に態勢を整えた。そして、初戦から派手なパフォーマンスを演じたのだ。
単勝1・8倍の人気を背負って京都2歳Sに登場。ところが、折り合いを欠き、3着に敗れてしまう。
「調教で走り足りなかった感じ。常にすばらしい動きをしますので、馬なりでも十分だと判断したわけですが、逆にイレ込む要因になった。いったんへそを曲げたら、危うさも垣間見せます。いいところのお坊っちゃんといった性格なんです」
若駒Sへは、あせらずにひと息入れ、精神面をきちんと修正。攻め馬を強化したことも、2着に3馬身半の差を付ける圧倒的な内容につながった。さらにスプリングSを連勝。スローから急加速する展開にもかかわらず、大外を回して直線に向くと、一気に前を捕えた。
ロジユニヴァース、リーチザクラウンに続く3番人気(単勝6・1倍)で迎えた皐月賞だったが、「ライバルがいない(ほど強い)」との馬名に違わぬポテンシャルを見せ付けた。中団で進出の機会をうかがい、息の入らない激流を跳ね除ける。4コーナーでスパートすると楽々と後続を突き放し、1馬身半の決定的な差を広げた。
「首を上下に使わず、フォーム自体に迫力はありませんが、瞬時にエンジンがかかり、抜け出すときの脚がびっくりするくらい速い。才能を再認識しました。夢は広がる一方だったのですが」
ダービー(12着)はパワー優先の極悪馬場に泣き、期待を大きく裏切った。これで心身のリズムが狂い、神戸新聞杯(4着)、菊花賞(15着)と、秋シーズンは不本意な結果に終わる。有馬記念(15着)を走り終え、左前脚に浅屈腱炎を発症していることが判明。1年5か月のブランクを経て、金鯱賞(5着)で復帰を果たしたものの、その後に炎症が再発した。若くしてスタリオン入りすることとなる。
わずか10戦の競走生活だったうえ、前半と後半でくっきりと明暗が分かれてしまった同馬の競走生活。トウショウドラフタ(ファルコンS)、バルダッサーレ(東京ダービー)らを送り出したものの、種牡馬としても成功したとはいえず、2025年5月、事故に見舞われ、この世を去った。それでも、皐月賞史上でも異彩を放つ破壊力は、いまでも若きエネルギーを伴ったまま、鮮明に蘇えってくる。