サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

トランセンド

【2010年 ジャパンカップダート】常識を超越するスピードで駆け上がった高き頂

 短距離部門とともにダートで突出した良績を収めた安田隆行厩舎にあって、初となるG1の栄光(JCダート)をもたらしたメモリアルホースがトランセンド。安田調教師は、こう若駒時代を振り返る。

「母シネマスコープ(その父トニービン、5勝)だけでなく、兄姉のメーンエベンター(3勝、地方5勝)やサンドリオン(3勝)も手がけましたが、みな体質がしっかりするのは遅め。500キロ以上の立派な体に育つとは、想像できなかったですね。大山ヒルズでの育成時は線が細く、動きも目立たなかった。実は、すば抜けた闘争心の持ち主でしたし、トレセンに来てからめきめき力を付けたとはいえ、当初は坂路での調教を控えめにするなど、背腰に疲労がたまりやすい面に気を遣いましたよ。いかにも成長途上の状況でレースへ送り出しました」

 2歳12月にトレセンへ。当初はゲート内でじっとできず、枠内に固定して練習を積む必要があったが、一度、納得してからはスムーズに調整が進行した。速い時計をマークするようになり、評価が急上昇する。

 デビューは3歳2月の京都(芝1800m、2着)。2戦目に阪神のダート1800mを試すと、ワイルドラッシュ産駒らしい適性を示して初勝利を収めた。中1週で臨んだ京都の500万下(ダート1800m)は圧巻だった。脚抜きが良い馬場状態ながら、勝ちタイムは1分49秒7。アンタレスSに次ぐ開催では2番目タイの速さである。逃げの手に出ながら、36秒2の上がりを駆使。後続が7馬身差もちぎれたのは当然だった。

 ダービーへの夢を賭けた京都新聞杯は9着に敗れたが、ひと息入れたことで、順調な成長曲線を描く。麒麟山特別に向かうと、2着に8馬身差のワンサイド勝ち。1分49秒5のレコードタイムで駆け抜けた。

 次のターゲットはこの年に新設されたレパードS。2番手を馬なりで追走し、勝負どころで軽く仕掛けただけであっさり先頭へ。最後は流して3馬身の差を付ける。前走時よりもパワーを要する馬場状態でも、タイレコードでの完勝だった。

 しかし、エルムS(4着)、武蔵野S(6着)と古馬相手に連敗。アルデバランSの快勝を挟み、アンタレスSも8着と、一時はもろさを垣間見せていた。

「厩ではおとなしく、調教もやりやすいのですが、いざとなれば燃えすぎるほど。力を抜くことを知らず、ごちゃついた競馬が苦手なんです。気分を損ねないよう、行かせたほうがいい。心は決まりましたよ」

 東海S(2着)以降は、ハナを主張することで欠点をカバー。秋緒戦の日本テレビ盃を2着し、みやこSでは重賞2勝目を手にする。

「あれでも力を使い果たした感じではなく、迫られてまた伸びるイメージ。内面の進歩がうかがえました。筋肉の張りを増し、身体もずいぶんたくましくなりましたしね。ハイペースでも押し切れる持久力を備えてきたんです」

 続くJCダートでも果敢に先手を奪い、待機勢に息の入らないペースを演出した。阪神の坂も克服。最後まで脚色は衰えず、ついにG1に手が届いた。会心のパフォーマンスに、藤田伸二騎手も堂々と胸を張る。

「少しペースは速くなったが、乗っていて楽だったし、自分のリズムを守り通したまで。時計を求めらる決着も、まったく心配ないからね。狙い通り、晴れてトップに立てた。この先も勝ち続けてほしい」

 5歳緒戦がフェブラリーS。先行勢を競り落とし、追い込み勢にも影を踏ませない1馬身半差の完勝を収めた。そして、世界最高峰のドバイワールドカップに挑戦。ヴィクトワールピサに交わされたものの、半馬身差の2着に踏み止まった。

 秋シーズンも南部杯(1着)、JBCクラシック(2着)と順調に歩み、再びJCダートへ。前年のリプレイかと思わせるかたちに持ち込めたうえ、懸命に追いすがる他馬を2馬身も突き放した。

「いつもよりテンションが高かったが、すべきことはわかっている馬。雰囲気は相変わらず良かったよ。この馬にはハナを切るかたちが一番。大外枠を引いても、行き切れればと思っていた。最近、ゲートを出て、ズブさが出てきたので心配したけど、促して主導権を握った時点で、押し切れる自信はあったね。並ばれるシーンもなく、持ち味を存分に生かせた」(藤田騎手)

 旺盛な勝負根性を奮い立たせて戦うスタイルだけに、張り詰めた気持ちが途切れるのは意外と早かった。結局、以降は未勝利。6歳のシーズンを終えたところで、種牡馬入りすることとなる。

 真っ向勝負で砂路線を席巻したチャンピオンホース。ゴールドホイヤーに続き、トランセンデンスが羽田盃を制するなど、地方での活躍が目立つ現状ながら、常識を「超越する」(英語でトランセンド)大物の登場を待ちたい。