サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
トゥザグローリー
【2011年 日経賞】母仔2代の夢へ、父から受け継いだ情熱を注いで
数々の名馬を育ててきた池江泰寿調教師だが、トゥザグローリーもスケールの大きさを垣間見せて逸材だった。同馬ならでは魅力について、トレーナーはこう表現する。
「こんな個性とは滅多に出会えない。ワールドクラスの活躍を意識した素材です。ボリューム満点の馬体は、ティズナウ(00年、01年BCクラシック)やカーリン(07年BCクラシック、08年ドバイワールドC)に匹敵する。それでいて、がっちりした大型なのに顔付きに品があり、決して無骨ではありません。全体のバランスが整っていて、軽さも兼ね備えているんです」
2年連続してチャンピオンサイアーに輝き、ディープインパクトの登場後も勝ち鞍を量産したキングカメハメハが父。配されたのは世界に誇れる名牝、トゥザヴィクトリーである。トモのボリュームは母譲り。キャロットクラブでの募集総額も、1億2000万円と破格の設定だった。同馬の全弟に弥生賞を制し、皐月賞、有馬記念、ザBMWとG1の2着が3走あるトゥザワールド。中山牝馬Sに勝ったトーセンビクトリーは全妹にあたる。
「サンデーサイレンス産駒らしくなく、母は肩が立ち気味。だから、首を高く上げた硬めの走法でしたね。それなのに、グローリーは理想的な角度で前肢が付いていて、フォームが伸びる。だから、爆発的な末脚を使えるんです」
エリザベス女王杯でG1勝ちを成し遂げた母。それ以上に輝くのは、ドバイワールドC史上、牝馬としては最高着順となる2着(01年)でのゴールである。当時、調教助手を務めていた池江調教師も同行し、いまにつながる貴重な財産となっている。
「02年も挑んで11着に終わりましたが、輸送のトラブルが響いて体調が本物でなかった。前年の健闘は決してフロックではありません。いずれリベンジを果たしたいと心に誓いましたよ」
トゥザグローリーには父子2代に亘る夢も託されていた。母と同様、池江泰郎厩舎に所属。10月初旬のゲート試験をパスしたうえ、暮れにはデビュー直前まで調整が進んだものの、筋肉痛を発症したため、いったん山元トレセンで態勢を整え直す。
帰厩後1か月に満たない調整過程でありながら、3月の阪神(芝1600m)で豪快な差し切りを演じた。続く阪神(芝2200m)も容易に連勝し、青葉賞を2着。通常では間に合うはずのないダービー(7着)へも駒を進めた。
ラジオNIKKEI賞(5着)は出遅れたうえ、小回りの忙しい流れに戸惑って折り合いを欠いたもの。夏場のリフレッシュ明けだったこともあり、アイルライドトロフィー(2着)でもしきりに行きたがっていたが、カシオペアSを順当に勝利する。マイルチャンピオンシップは7着に終わったとはいえ、大外を追い上げ、コンマ5秒差でゴール。中日新聞杯ではついに初のタイトルを手中に収めた。有馬記念も3着に健闘する。
泰郎師の定年が迫り、ともに戦う最後の一戦となったのが京都記念。渾身の仕上げが施され、ますます迫力を増していた。外目をぐんぐん伸び、楽々と突き抜ける。すっかり本格化した段階で、泰寿師のもとに移籍した。
父よりバトンを受けた初戦が日経賞。好位で脚をため、直線に向いても追い出しを待つ余裕があった。ラスト3ハロンを最速となる34秒2でまとめ、後続に2馬身半の差を広げる。キャリアのなかでもベストといえる秀逸なパフォーマンスだった。
「天皇賞・春(13着)は特殊な流れに翻弄された結果。宝塚記念(13着)も夏負けが敗因です。暑さが苦手なだけに、天皇賞・秋(5着)当時も復調途上でした。ジャパンC(11着)では前に壁をつくれなかったのが響きましたが、それでも使い込んでいいタイプ。気温の低下とともに状態が上がってきました」
有馬記念で3着に反撃。疲れなどうかがえず、ますます快調だった。日経新春杯では3つ目となるG2優勝を飾る。ところが、中山記念(10着)では期待を大きく裏切り、ドバイシーマクラシックへの挑戦は白紙に。状態本位に立て直しを図り、陣営は鳴尾記念での汚名返上に燃えた。そして、馬もきっちり期待に応え、復活の勝利を収める。
「精神的に余裕を持たせたメニューを工夫した成果があり、追い切りでも力まなくなりました。前へ行きたい馬が見当たらず、スローペースは必至。イメージ通り、すっと2番手に付けられ、これならば早めのスパードでもつかまらないだろうと。確かな能力を示してくれ、忘れられない一戦となりましたね」
ただし、これがラストの栄光。以降は本来の闘志を取り戻せず、低迷を続ける。7歳暮れの金鯱賞(16着)を走り終えたところで種牡馬入りが決まった。カラテ(東京新聞杯、新潟記念、新潟大賞典)や、ゲンパチルシファー(プロキオンS)を送り出したうえ、2021年シーズンで引退。それでも、競馬史に放ったインパクトは鮮烈であり、いまでも生き生きと勇姿が蘇ってくる。