サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
トーセンラー
【2011年 きさらぎ賞】寒風を吹き飛ばす如月の太陽神
ディープインパクトの主戦を務めた武豊騎手が、「これまで跨った産駒のなかで、最も父に近いフットワークをしている」と評したのがトーセンラー。
数々の記録を更新して、日本競馬を飛躍させたスーパーサイアーのファーストクロップである。母プリンセスオリビア(その父リシウス)はアメリカで3勝をマーク。同馬の半兄に米G1・トラヴァーズSなど重賞を4勝したフラワーアリーがいて、天皇賞・秋を制したスピルバーグは全弟にあたる。
調教パートナーの荻野仁調教助手も、類まれな才能を実感していた。
「乗り味に関しては過去最高。ディープ譲りのバネや柔らかさを生かし、調教では軽々と動く。ただ、ストレスを受けやすくてね。少し環境が変わっただけで腹痛を起こしてしまうくらい。かつては飼い食いの細さや過敏な精神に負担をかけすぎないよう、慎重に出走態勢を整えざるを得なかった」
2歳8月に社台ファームより函館競馬場入りしたものの、馬場で膠着するなど、反抗的な態度が目立った。いったん山元トレセンへ。ただし、仕上げのプロとして知られるステーブルらしく、しっかり個性を把握し、走る確信は得ていた。栗東へ移動すると、すぐに調整は軌道に乗る。
「小柄でも心肺機能が優秀。初めて時計を出したとき、まったくふうふういわないのには驚いた」
11月の京都(芝1800m)でデビュー。スローからの決め手比べにきちんと対応し、好位から差し切り勝ちを収める。
「気持ちを曲げてしまわないよう、体を減らしすぎないよう、坂路中心に態勢を整えた。初戦は能力だけで突破してくれたね」
インで包まれたエリカ賞を3着。福寿草特別も伸び切れずに3着と惜敗が続いたが、全力を尽くしていないのは明らかだった。
「手応えが残っていても、他馬を待ってしまうのが課題だった。自ら先に出ようとしないんだよ。なんとしてもクラシックに乗せないといけない素材。きさらぎ賞はもう落とせない一戦で、2週連続してコースでピュッと攻めたからね。それが過剰な負担にならず、ようやく本気になってくれた」
わずかクビ差ではあったが、きさらぎ賞のパフォーマンスは他を圧倒するもの。マイペースに持ち込んだ逃げ馬を目がけ、向正面から早めに動きながら、ラスト3ハロンは33秒4の鋭さだった。
放牧先の山元トレセンで震災に見舞われる不運を乗り越えて皐月賞へ。不利な外枠が響いて7着に終わる。ダービー(11着)も不良馬場に泣いたものの、3歳秋にはセントライト記念を2着し、菊花賞(3着)での健闘につなげた。
「きれいなフットワークが持ち味。下が重いとバランスを崩し、力をロスしてしまう。それに、輸送距離が長いほど、体を減らしてしまうのが悩みで。だから、京都の高速コースに良績が集中している」
依然として危うさも同居し、4歳シーズンは未勝利。だが、夏向きの牝馬に近い個性でもあり、七夕賞や小倉記念で2着に食い込んでいる。
5か月間、入念にオーバーホールされたことが実を結び、イメージは一新。デビュー当時と比べて体重が30キロ程度も増え、ぐっとましくなった。
「体力の強化は著しく、ようやく大人になりつつある実感があったよ。隊列の先頭を歩かせたりして、精神面も丹念に磨いてきたから、だんだん気難しさが薄れ、ずいぶん乗りやすくなった。狙った舞台に照準を合わせ、ワンランク上の調整を施せるようになったんだ」
京都記念で鮮やかに復活。体の充実とともに、レース運びも安定してきた。中団で折り合い、終始、手応えは良好。メンバー中で最速の末脚(3ハロン34秒1)を爆発させ、一気に突き抜けた。
天皇賞・春でも最後までしっかり脚を伸ばし、堂々の2着。タフな馬場状態に苦しみながら、宝塚記念は5着に踏み止まった。秋緒戦の京都大賞典は3着に終わったものの、大本命のゴールドシップ(5着)が早めに動き、最もペースが上がったところで脚を使わされた結果である。
距離というよりコースとの相性を優先させ、マイルCSに挑む。初体験の1600mだけに、遅いペースでも位置取りは後方。それも想定内のことであり、直線勝負に賭けた。密集した馬群の外から、同レース史上で最速となるラスト33秒3の切れを駆使する。楽々と先頭に躍り出てゴール。ラー(エジプト神話の太陽神)が放つ輝きは、ついに頂点にまで届き、晴れてG1ウイナーの仲間入りを果たす。
結局、これが最後の栄光となったが、翌年の京都記念を2着、京都大賞典も3着。6歳時のマイルCSはあと一歩の4着に健闘した。有馬記念(8着)がラストラン。惜しまれつつターフを去った。
種牡馬としても、ザダル(エプソムC、京都金杯)、ドロップオブライト(CBC賞)を輩出。天才的な素質は疑いようがなく、その魅力をストレートに受け継いだ新星の登場が楽しみでならない。