サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

トーホウシャイン

【2008年 マーメイドステークス】軽量のマーメイドが演じたスリリングな逆転劇

 2010年の中山グランドジャンプ(メルシーモンサン)で勝ち取った勲章がきらりと光る高野容輔騎手(現在は角田晃一厩舎の調教助手)。2008年マーメイドSでは、平地でも重賞制覇を成し遂げている。

「あれ、めちゃ伸びる、なんでみんな周りにいないのとびっくり。内にささるくせがありますので、ラチ沿いを走らせることに専念した結果です。直線が短く感じましたね。夢に見た初の重賞制覇。本当はガッツポーズをしたかったんですが、そんな余裕もなかった。直前の雨には助けられました。重は鬼です。それにハンデ(48キロ)にも。通常ならば乗せてもらえない舞台。巡り合わせに感謝するしかないですよ」
 と、感激の瞬間を振り返る高野さん。コンビを組んだのは、最低人気(単勝116・3倍)のトーホウシャインだった。

 母はアメリカ産のホークズフォーチュン(その父シルヴァーホーク、米2勝)だが、JRAで勝利した産駒は同馬だけ。近親にも目立った活躍馬はいない。父スペシャルウィークはシーザリオ (オークス、アメリカンオークス)、ブエナビスタ (ジャパンCなどG1を6勝)など、名牝を送り出しているが、栄光を手にする以前は苦難の連続だった。

 3歳3月、阪神の芝1600mでデビューすると、いきなり2着に健闘した。ただし、なかなか勝ち切れず、未勝利を脱出したのは8戦目となった翌夏の小倉(芝1800m)。さらに6戦を消化し、1年後の同条件で2勝目をマーク。その後は7戦、1000万条件で低迷する。

 5歳になり、繁殖入りも検討されていたトーホーシャインだったが、陣営はフルゲートに満たないことを知って急遽、マーメイドSに特別登録した。ただし、あまりの軽量に、騎乗するジョッキーが見当たらない。絶好のチャンスだと、自ら手を挙げたのが高野さんだった。

「減量の恩恵がなくなり、乗り数は激減。結婚した矢先に落馬負傷し、長期の休養もありました。子供が生まれる直前でしたので、なんとか妻に喜んでもらいたくて。日常にはスリルを求めない平和主義者なんですが、仕事上で楽することは考えません。思い切って一発を狙おうと決意したんです。騎乗が決まったのは、その週の火曜日でした。普段の体重は50キロ。鞍の重さを差し引くと46キロ台にする必要があります。簡単に考えすぎていましたね。あと1キロがなかなか落ちないんです。土曜の競馬の後も、雨合羽を着込んでランニングしました。空腹感さえ失っていましたが、なかなか眠れないのが辛かったですよ」

 幸運をつかめたのは、懸命な努力があったからこそ。この年に唯一だった勝ち鞍は、超特大のホームランとなった。

 朝日チャレンジC(13着)を走り終え、矯正生活にピリオドを打ったトーホウシャイン。2021年、繁殖を退き、JRAでの勝ち鞍はタマノカイザーによる1勝のみにとどまったが、とても賢く、優しい母親だったという。夏競馬が到来すれば、高野さんの笑顔とともに、痛快な逆転劇が蘇ってくる。