サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ドナウブルー
【2012年 関屋記念】灼熱のターフを美しく青き色に染めて
稀代のスーパーホースであり、スタリオン入りしてからも史上最速のスピードで勝ち鞍を量産したディープインパクト。ファーストクロップより続々と大物を輩出したなか、ドナウブルーも忘れられない天才肌だった。
「妹より出世に時間がかかりましたが、あの仔の素質も非凡でしたね。豊富な成長力に目を見張るものがありました」
と、石坂正厩舎で調教パートナーを務めた古川慎司調教助手は現役時代を振り返る。
同馬のひとつ下の全妹にジェンティルドンナ(牝馬3冠、ジャパンC2回、有馬記念、ドバイシーマC)がいる。母ドナブリーニ(その父ベルトリーニ)はイギリス生まれで、チェヴァリーパークS(2歳牝による芝6ハロンの英G1)の覇者。高額で導入された繁殖にとって注目の初仔だった。
「入厩初日に跨って、衝撃を受けました。トモの蹴りは、どこにこんな力が潜んでいるのか不思議に思えるほど。しかも、全身を無駄なく使え、ストライドが伸びる。女の子らしく繊細で、環境の変化に敏感でも、乗ることに関して苦労はなかったですね。本当に素直な優等生でした」
ノーザンファーム早来でしっかり基礎固めされ、2歳9月に栗東へ。仕上りは早く、翌月の新馬(京都の芝1600m)を好タイムで快勝。引っ張りきりで先頭に立ち、瞬時に2馬身差を付けた。白菊賞ではゴールに向かって加速する決め手比べに対応し、一転した待機策から楽々と差し切る。
「速い流れだったのに、初戦はかかり気味に先行して押し切り。スローでも我慢が利いて、2戦目ではすごい切れ味を駆使しました。ここは通過点だとは思っていましたが、センスの良さは想像を超えていましたよ」
だが、当時は飼い食いの細さが悩みだった。徐々に体を減らしてしまい、シンザン記念(5着)、フィリーズレビュー(4着)、ニュージーランドT(6着、同年は東日本大震災により阪神で施行)と善戦止まり。体重を20キロ増やして再スタートした秋シーズンも、ローズS(5着)や堀川特別(3着)を勝ち切れなかったものの、元値の違いで1000万下(京都の芝1800m)を突破する。先々を見据え、適切なリフレッシュを挟みながら、着々と地力強化が図られていく。
格上挑戦した京都牝馬Sで重賞ウイナーの仲間入り。初の長距離輸送が響き、中山牝馬Sでは11着に敗れたが、苦い経験もプラスに転じ、ヴィクトリアマイルを2着に健闘。慣れない左回りに大きく右へともたれながらの半馬身差だった。
「ハイペースが堪え、安田記念は10着まで後退しましたが、それでも心が折れなかった。高いハードルを懸命にんばり通せたことで、一段とたくましくなったんです。輸送に強くなりましたし、レースの疲労が癒えるのが早くなりましたね。次の目標へも、きっちり攻めていけました」
関屋記念でのパフォーマンスは実に鮮やかだった。馬群が凝縮し、レースのラスト3ハロンが32秒8という瞬発力勝負となったが、2番手からしっかり伸び、価値あるレコード勝ち。初めてコンビを組んだ内田博幸騎手も、乗り心地を絶賛した。
「折り合いも付いたし、レースが上手だよ。勝負根性はすばらしく、クビ差の接戦でも負ける気はしなかったなぁ。馬に勝たせてもらった感じたね」
結局、これが最後の勝利となったが、府中牝馬S(3着)やマイルCS(3着)も見せ場はたっぷりあった。5歳シーズンもヴィクトリアマイル(5着)、府中牝馬S(2着)、マイルCS(5着)など、一線級を相手にがんばり通す。ラストランは京都牝馬S。惜しくも2着ではあったが、改めて確かな性能を示し、惜しまれながら繁殖入りした。
それぞれの舞台で違った表情を見せながら、美しく青き大河に育ったドナウブルー。繁殖入り後も豊かな才能が湧き出る源流となり、イシュトヴァーン(4勝)、ドナウデルタ (6勝、阪神牝馬Sを3着) 、ドナウエレン (2勝) 、ディアナザール (現2勝)らが順調に勝ち鞍を積み重ねている。未来に向け、ますます鮮やかな色彩を放つに違いない。