サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
マルセリーナ
【2011年 桜花賞】新時代の到来を告げる閃光の切れ味
稀代のスーパーホースであり、種牡馬入り後も史上最速のスピードで勝ち鞍を量産し、日本競馬を牽引したディープインパクト。ファーストクロップより登場した最初のG1ホースがマルセリーナだった。
母マルバイユ(その父マルジュ)は、アイルランド生まれ。フランスのG1・アスタルテ賞の覇者である。イギリスの重賞でも入着し、イタリアでは10勝した。祖母のハムバイもイタリアで5勝した奥深いファミリー。同馬の半弟にはスプリングSや札幌2歳S、七夕賞を制したグランデッツァがいる。社台サラブレッドクラブでの募集総額は4000万円だった。
数々の名馬に跨った安藤勝己騎手は、こう独特の乗り味を話してくれる。
「確かにディープらしい素軽さがあり、切れも一級品だよ。でも、他の産駒とはちょっと違う。過敏に反応することがなく、折り合いの苦労もない。めずらしい個性だね。追えばどこまでも伸びていきそうな雰囲気があった」
錚々たる素質馬が集う社台ファームで乗り始めた当時より、非凡な才能を評価されていたマルセリーナ。2歳7月になり、札幌競馬場に入厩。ゲート試験も1回で合格する。ただし、デビューが近付いた矢先、キャンターの止め際でぬかるんだ馬場に脚をとられ、転倒するアクシデントに見舞われた。両ヒザに外傷を負ったため、いったん休養へ。牧場でスピードメニューが再開されたのは10月に入ってからだったが、すぐに軌道に乗り、1か月ほどで栗東へ移動できた。
12月の阪神、芝1600mでデビュー。33秒9秒の上がりを繰り出し、あっさり勝利を収めた。安藤ジョッキーも余裕の笑顔を浮かべる。
「ゲートはもっさりしていたが、とても乗りやすい馬。すぐに行く気を出してくれたよ。初戦だけに加速もワンテンポ遅かったけど、センスはさすがだった」
2戦目にはいきなりハードルを上げ、シンザン記念へ。3着に敗れたとはいえ、能力を再認識させる走りを披露した。
「かなりの器だって実感したのがあのレース。デビュー戦の感触から、意識してハミを取らせ、積極的なレースを試みた。すごく行きっぷりが良くなったね。馬体の成長もはっきり」
そして、エルフィンSを快勝する。先に抜け出したノーブルジュエリーに馬体を併せると、闘志を爆発させて振り切った。
「ダッシュがひと息だったので少し押した。それでハミを噛んでしまったが、我慢は利いたし、十分に許容範囲。最後の伸びだって進歩がうかがえるものだった」
不動の中心と思われたレーヴディソールが1週前追い切りで骨折し、牝馬クラシック戦線は混戦模様に。しかし、松田博資厩舎には二の矢と目された同馬もいて、無念を晴らせるデキにあった。一戦ごとに体重を減らしてきたため、桜花賞へは直行することとなったのだが、中間はしっかり乗り込みを消化。ふっくらしたスタイルに戻ったうえ、もともと皮膚が薄い上品なボディーに張りを増していた。
スタートで挟まれ、後方に置かれる。しかも、インで包まれる苦しいかたちだった。それでも、名手の信頼は揺るがなかった。決して慌てず、直線勝負に賭ける。馬群を縫うように伸び、一気に先頭へ踊り出る。外からホエールキャプチャ、トレンドハンターらも懸命に追い込んできたが、ゴール前でも手応えには余裕があった。
「間隔が空いても妨げにならないタイプ。この馬にはいいローテーションだった。苦しい展開だったけど、ラストの脚はすごかったよ。馬の強さに助けてもらったなぁ」
1番人気を背負ったオークスも、後方から追い込む作戦。よく差を詰めながら4着に終わる。雨で渋った馬場に加え、スローペースに泣いた結果だった。
さらなる飛躍が期待された4歳秋シーズンだったが、レース運びは安定せず、4戦を未勝利。翌春は阪神牝馬Sで2着に浮上し、ヴィクトリアマイルを3着。だが、一瞬の鋭さを垣間見せても、スムーズさを欠くシーンは多々。不完全燃焼が続く。
マーメイドSで2年2か月ぶりに勝利。底力の違いを示したものの、エリザベス女王杯(15着)まで歩んだところで繁殖入りが決まった。
桜花賞での栄光と引き替えに、不運に取り付かれたかに思える競走生活だった。それでも、すべての牝が目指す華やかな舞台で放った閃光の切れ味は、いつまでも色褪せない。
母となっても注目の的。ラストドラフト(京成杯)、ヒートオンビート(目黒記念)、シュタールヴィント(現3勝)を輩出した。さらなる逸材の登場が待ち遠しい。