サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
マイネレーツェル
【2008年 ローズステークス】ミラクルな末脚を駆使した青森生まれのシンデレラ
良血の高額馬でなければ出世できない傾向が進むなか、G2で2勝をマークしたマイネレーツェルは、2006年の八戸市場においてわずか200万円で購買された異色のヒロイン。生まれ故郷の佐々木牧場(青森県三戸郡南部町)では、この世代に2頭しか生産していない。ラフィアンターフマンクラブでの募集価格は総額800万円だったが、1億7300万余りの賞金を収得した。
母ケイアイベール(その父サクラユタカオー)は不出走。他に目立った活躍馬を送り出せていなかったものの、ドバイシーマクラシックや香港ヴァーズを制した底力を産駒に伝え、種牡馬として大成功しているステイゴールドの産駒である。父に似た華奢なスタイル。400キロ程度のどこに、あれほどのエネルギーが潜んでいるのか不思議に思えた。
同馬を手がけた田中大輔調教助手(現在は藤原英昭厩舎)は、こんなエピソードを話してくれる。
「デビュー当初は、他厩舎のスタッフから『アンちゃん、やけにかわいい馬に乗ってるな』なんて、よく声をかけられました。『これ、新馬を勝ったエリートです』と答えると、みんなびっくり。でも、これまでに味わったことのない感触は得ていましたよ。全身を無駄なく使えますし、バネがすごいんです」
田中さんは、クラブ会員には馴染みの顔。五十嵐忠男厩舎に在籍した10年間に20勝以上の勝利を味わったが、そのうち15勝が「マイネル軍団」所属馬。かつてはマイネルプレーリー(4勝)、マイネルフォース(4勝)らにも愛情を注いだ。この相性の良さもミラクルといえる。
2歳7月の小倉(芝1200m)で鮮やかに差し切りを決めると、常にトップクラスと渡り合った。フェニックス賞はクビ差の2着、小倉2歳Sも3着。ファンタジーS(8着)を経て、白菊賞では2勝目をマークする。フェアリーS(3着)、紅梅S(6着)、エルフィンS(4着)と勝ち切れなかったとはいえ、どんな舞台でも、いくら強豪が相手でも、簡単に崩れなかった。
初のタイトルを奪取したのがフィリーズレビュー。11番人気(単勝53・1倍)の低評価に反発するかのように、大外一気の末脚を爆発させた。ゴールに向けて11秒6、11秒8、12秒4と上がりを要するタフな展開となり、上位5頭が横並びになる大接戦。勝負根性でもぎ取った栄光だった。
「相変わらず幅はなくても、使われながらパワーアップ。きっちり必要な量しか食べませんし、調教内容にかかわらず、毎日、体重が変わらないんですよ。自分で体をつくっちゃう。こちらはオーバーワークにならないよう、気を付けるだけでいいんです」
心身のコントロールにプールを活用するなど、同馬向きの調整方法がしっかり確立。1週前にジョッキーが跨り、直前は田中助手でソフトに追い切るパターンも定着する。競馬場では激しくイレ込むのが常だが、その対処策も万全。田中さんが視界に入れば、パニック状態にはならないのだ。装鞍所への出発時間まで出張馬房の前に椅子を置き、田中さんは座り続けていた。
桜花賞はコンマ3秒差(6着)。9着に敗れたオークスにしても、敗因がはっきりしていた。騎乗した武豊騎手は「不利がすべて。直線に向いたときはぞくぞくするような手応え。まともならば」と振り返る。
4か月間のリフレッシュを挟み、ローズSに向かう。久々でも状態は最高といえた。ムードインディゴ、レジネッタとの熾烈な追い比べを凌ぎ切る。2つ目の重賞制覇もハナ差だった。
「この上ない感動を味わえたとはいえ、気持ちで走るタイプだけに、あの一戦で全力を使い果たしてしまった。それでも、手脚は丈夫でしたし、最後まで健気に戦った馬をほめてあげたい」
秋華賞は15着。エリザベス女王杯(4着)や愛知杯(3着)で復調を示したが、以降はなかなか調子を取り戻せなかった。5歳11月(アンドロメダSを9着)まで29戦を走り抜け、繁殖生活に入った。
初仔のマイネルネーベル(5勝、地方4勝)、マイネルブロッケン(3勝、地方3勝)、マイネルエニグマ(現3勝)、マイネルバーテクス(現2勝)らが母に勝利をプレゼントした。さらなる血筋の発展を期待したい。