サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ディアドラ
【2017年 秋華賞】秋のターフにあでやかな花を咲かせた美しき女神
セレクトセール(1歳)にて2100万円で落札されたディアドラ。キングジョージ6世&クイーンエリザベスSを11馬身もの大差を付けてレコード勝ちしたハービンジャーの産駒であり、成長力に富む重厚な遺伝子を受け継いでいた。同期のペルシアンナイト(マイルCS)、モズカッチャン(エリザベス女王杯)とともに父の名を高めることとなる。
母ライツェントは未勝利に終わったが、アコースティクス(ロジユニヴァースの母)、ルミナスポイント(ジューヌエコールの母)、ランフォルセ(重賞4勝)、ノーザンリバー(重賞4勝)らを産んだ祖母ソニンクに連なるファミリー。同馬の半兄オデュッセウス(3勝、地方3勝、兵庫ジュニアグランプリ3着)がいる。
「魅力的なブラックタイプなうえ、セールに上場された当時でも、垢抜けたバランス。ダートや短距離での活躍も目立つ血筋とはいえ、スペシャルウィークの肌だけに、とても伸びやかです。もともと長めの距離をこなせると見ていましたよ。早くから大人びた雰囲気。ノーザンファームでの乗り込みも順調そのものでした」
と、橋田満調教師は幸運な出会いを振り返る。数々の名馬を育ててきたベテランにとっても、忘れえぬ一頭となった。
2歳5月に栗東へ。夏の中京では2着、4着と勝ち切れなかったが、放牧を挟んでボリュームアップ。10月の新潟(芝1400m)を鮮やかに差し切った。
「牝にしては過敏な面を見せず、実戦を経験しても落ち着いた精神状態のまま。調整がしやすかったですね。飼い葉をよく食べ、鍛えるごとに中身が充実してきました」
ファンタジーSも大外から3着まで追い込む。春の一冠目を意識して、以降もマイル中心の路線を歩んだ。自己条件を2着、4着、3着。それでも、アネモネSで2着を確保し、晴れてクラシックへと駒を進めた。
「馬群をさばけないパターンが多く、権利を獲るのに苦労しましたが、掲示板を外したのは桜花賞(6着)だけ。コンスタントに走っていても、長く好調を維持できたあたりは立派ですよ。オークス(4着)に向けては、トライアルを使うと2度の長距離輸送を挟むことになりますので、中1週となっても矢車草特別で確勝を期しました。余力を残して差し切れ、本番での好走につなげられたんです」
3か月のリフレッシュを経て、HTB賞より再スタート。良化の余地をたっぷり残した状況ながら、中団からスムーズに先頭に躍り出て、狙い通りに3勝目をつかんだ。大外を矢のように突き抜け、ついに紫苑Sでは初のタイトルを奪取する。
「春の2冠とも位置取りが響いたもの。いずれも最速の上がりを駆使していますからね。ハービンジャー産駒らしからぬ鋭さ。ディープインパクトみたいな決め手が持ち味です。秋華賞を意識して小回りのコーナー4つに挑んだなか、G1にメドが立つ内容。あとは良い態勢を整えるよう専念すれば、結果が付いてくると信じていました」
プラス12キロの体重でも太め感はなく、絶好の気配で挑んだ秋華賞。ディアドラ(ケルト神話に登場する美女)との名にふさわしく、ますます美貌が磨かれ、秋のターフにあでやかな花を咲かせる。スタートで遅れを取り、後方の位置取りとなったが、3コーナーよりインをさばいて進出を開始。レースのラスト3ハロンを1秒3も凌ぐ上がり(35秒7)を駆使する。リスグラシュー、モズカッチャンにコンマ2秒差を付ける完勝だった。息の入らないタフな流れを克服。一瞬の決め手だけでなく、豊富なスタミナも兼備していることを実証した。後の躍進につながる一戦となる。
スローペースに泣き、エリザベス女王杯(12着)で期待を裏切ったものの、4歳時は京都記念(6着)をステップにドバイターフへと駒を進め、3着に健闘。ますます強さを増し、クイーンS、府中牝馬Sと重賞を連勝。香港Cでは、あと一歩の2着に迫った。
中山記念(6着)から、再びドバイターフ(4着)へ。クイーンエリザベス2世C(6着)以降はイギリスのニューマーケット調教場に拠点を移し、世界へのチャレンジを続けた。不良馬場が響き、プリンスオブウェールズSは6着に敗れたが、ナッソーSでG1制覇がかなう。勝ちタイムは従来の記録を1秒5も更新するレコードだった。
これが最後の栄光となったとはいえ、愛チャンピオンS(4着)、英チャンピオンS(3着)、香港ヴァーズ(4着)、モハメドモーターズC(2着)、エクリプスS(5着)、ナッソーS(7着)、と果敢に戦い続け、凱旋門賞(8着)の舞台も経験。バーレーンインターナショナルT(8着)がラストランとなった。
「コース形態、出走する馬のタイプ、レースの流れも異なる各国のレースを走り抜け、内国産、かつ日本調教馬の可能性を広げてくれたディアドラに感謝しています。海外遠征に関するノウハウの蓄積は、きっと将来の日本競馬界に役に立つことでしょう」
アイルランドのクールモアスタッドにて繁殖入り。母と同様、ワールドワイドに活躍する産駒の登場を願いたい。