サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
テスタマッタ
【2013年 さきたま杯】ダート界に異彩を放つ天才クリエイター
クリエイティブな意味合いでクレイジー(イタリア語、同名のトスカーナ産ワインも有名)との競走馬名にふさわしく、若駒当時より非凡な才能を垣間見せていたテスタマッタ。村山明調教師は、こう幸運な出会いを振り返る。
「バレッツ・マーチセールの取引馬で、2歳の7月、ノーザンファーム早来に到着。まだ技術調教師だったころに3週間、現地で研修させてもらい、実際に跨りましたし、世話もしたんですよ。当時より大きなスケールを感じていました」
2014年より3年連続で北米リーディングサイアーに輝いたタピットのファーストクロップ。落札額は6万ドル(約600万円)と、比較的リーズナブルな価格だった。同セールでは、全日本2歳優駿やJBCスプリントの覇者となるスーニも取り引きされたのだが、こちらは12万ドルの値が付いている。
両馬が上場された際の調教ビデオを見直すと、走りはまったく対照的。リズミカルなフットワークですっと加速するスーニに対し、テスタマッタはいかにも粗削り。1ハロン10秒6を計時したものの、跳びが大きく、コーナーを曲がり切れないほどだった。
「脚が長いうえ、とても柔らかい。そんな特徴から、ダートで才能が花開くなんて、とても想像できなかったですね」
実際に、2歳10月、京都の芝1600mで新馬勝ち。村山厩舎に記念すべき初勝利をもたらした。しかし、折り合いに難しさが残り、その後は4連敗。ここで陣営は砂路線に目を向ける。
「アメリカの育成だけに、走り慣れた左回りのダートで変わってほしいと願って方向転換でした。日本ダービーを夢見た馬が、当日の東京(ダート1400m)で2勝目。ただし、期待以上の内容でしたし、あの一戦がその後につながりました」
次位を1秒4も凌ぐ34秒8の上がりをマーク。誰もが末脚に目を疑った。古馬の実力馬が相手となった出石特別も、鮮やかな直線一気。そして、勢いに乗ってジャパンダートダービーに挑み、G1の勲章を手中にする。
「短距離の追い込み策には自信を深めていましたが、2000mとなれば不安材料がたくさん。向正面をゴールだと勘違いしないか、案じていましたね。それが最後までしっかり走り切り、タイム(2分4秒5)もカネヒキリが勝った08年東京大賞典と一緒。これは底知れない馬だと、改めて感心させられました」
ところが、武蔵野Sは11着。続く浦和記念(3着)で、伸び悩んだ理由がはっきりした。呼吸音に違和があったために検査をしたところ、「喉頭蓋エントラップメント」(喉頭のヒダが包み込むかたちで気道を塞ぎ、呼吸を妨げる症状)との診断。早速、社台ホースクリニックにて、手術を受けることとなった。
過去にはシーキングザパールやリンカーンなども発症した病気であるが、喉頭片麻痺(喘鳴症と呼ばれる一般的なノド鳴り)とは違い、手術(30分程度で済み、体への負担は少ない)をすれば簡単に完治する。
川崎記念(3着)もあと一歩に終わったものの、フェブラリーSでは2着に食い込み、順調に復調を印象付けた。だが、結局、4歳シーズンは未勝利に終わる。
「トレーニングセール出身でも、決して早熟ではありません。当時も緩い感じの乗り心地。ただ、5歳緒戦の川崎記念を跛行で取り消したり、いろいろトラブルに見舞われて。精神的にピリピリしやすい面も課題でした。久々にマーチSを完勝しても、なかなかリズムに乗れなかった」
マリーンSを2着しながら、今度は左前を捻挫。それでも、東京大賞典(3着)、根岸S(3着)と成績を上げ、大目標のフェブラリーSに挑む。単勝24・3倍の7番人気に甘んじていたが、年齢的にも勝負のタイミング。陣営も期するものがあった。
「最終追い切りは相手に遅れましたが、初めて併せ馬ができ、G1仕様の負荷がかけられたと思います。当日も落ち着きがあり、心と体が噛み合った実感がありましたしね。ロスなく直線に向き、一気に突き放してしまった。ようやく歯がゆい気分が晴れました。あの感激は、いまでも忘れられません」
以降もゲートや展開に泣いた。しかし、7歳時のさきたま杯で復権を果たす。最後方から向正面では好位に取りつき、2番手で直線へ。ラストまで脚色は衰えず、迫るセイクリムズンに半馬身の差を保ったままでゴールに到達した。騎乗した戸崎圭太騎手は、こう安堵の笑みを浮かべる。
「この馬の力を信じて乗りました。ポイントは折り合い面。スタートで出遅れ、しまったと思いました。私のミスです。あれがなければ、もっと楽勝だったかもしれません。でも、かえってリズム良く運べましたね」
しかし、これが最後の勝利となる。翌年の根岸S(7着)を走り終え、右前に浅屈腱炎を発症。同ステーブルに登場した新チャンピオンのコパノリッキー(フェブラリーS2回などG1を11勝)にバトンを受け継ぎ、種牡馬(韓国で供用)となった。
抜群の破壊力を駆使し、観衆に「クレイジー」とため息をつかせたテスタマッタ。パワーやスタミナが優先されるダート界に異彩を放つ天才ランナーだった。