サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

デンコウアンジュ

【2015年 アルテミスステークス】あどけない天使が演じた電光石火の逆転劇

 2歳の10月、阪神の芝1800mでデビューしたデンコウアンジュ。勝負どころで寄られる不利もあって5着に敗れたものの、2戦目の京都(芝1800m)では左右にもたれる若さを見せながら、豪快な差し切りが決まった。調教パートナーを務めた佐藤淳調教助手(荒川義之厩舎)は、こう当時の思い出を話してくれる。

「控えめなメニューに止め、余裕を持たせた状態でレースに送り出しました。練習でもゲートは遅かったですし、とても2歳戦向きとは思えませんでしたからね。周りに馬がいないとラチに頼ってしまう危うさも残り、いろいろ勉強しないといけない状況。それでも、ピリピリしたりせず、調教時はきちんとコントロールが利きます。こちらはぼちぼちいこうかとのんびり構えていたのに、想像以上に進歩が急。経験を積みながら、行儀の悪さも改善されました」

 一気にハードルを上げ、3戦目に選んだのがアルテミスS。12番人気(単勝82・8倍)の低評価だったうえ、出遅れて後方に置かれてしまう。しかし、レースのラスト3ハロンをコンマ9秒も上回る圧倒的な末脚(33秒3)を駆使。スローな流れを跳ね除ける鮮やかな逆転劇だった。

「中1週でも元気があり、上積みを見込んでいましたよ。それでも、あんなに長く脚を使えるなんて。直線で大外を突き抜けてくる姿に、驚くしかなかった。しかも、負かした相手はメジャーエンブレム(後に阪神JF、NHKマイルC)でしたから。マイナス18キロの体重はちょうどよく絞れたものですが、これから成長するタイミング。まだまだ隠されている引き出しがあると思わせたうえ、ここで賞金を加算できたのは大きく、先々に夢がふくらみました」

 父はクラシック2冠や春秋の天皇賞を制したメイショウサムソン。同馬は代表産駒へと登り詰めていく。ただし、祖母のメイショウユリヒメが3勝したとはいえ、地味なファミリーであり、母デンコウラッキー(その父マリエンバード)も荒川厩舎で走って1勝のみに終わった。

「お母さんは健気でかわいい馬でした。でも、途中で心が折れてしまって。愛着が深かっただけに、この仔には長く活躍してほしかった。かつての在厩馬にサムソン産駒の叔母デンコウアカツキ(地方3勝)もいて、雰囲気がそっくり。素直な性格は一緒です。そんななかでも、乗り味は血統のイメージを覆すものがあり、普通キャンターでも軽さがまったく違いましたね」

 表情はあどけなくても、類まれな才能の翼を携えたアンジュ(フランス語で天使)だったが、阪神JFや牝馬3冠、エリザベス女王杯ではスタートの遅さが響いて不完全燃焼。それでも、4歳になって臨んだヴィクトリアマイルで2着に浮上するなど、常に一発長打の魅力に満ちていた。

 連敗にピリオドを打ったのが6歳時の福島牝馬S。7歳にして愛知杯でも重賞制覇を成し遂げる。引退レースとなった8歳春の中山牝馬S(6着)まで、陣営の深い愛情に後押しされ、全39戦を走破。うち重賞で14戦も掲示板を確保した。奥深いポテンシャルや懸命な魂は、きっと次世代へも受け継がれることだろう。