サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ハーツクライ

【2005年 有馬記念】未来へと響き渡る魂の咆哮

 種牡馬入りしてからも華々しい成果を収め、ディープインパクトとともに日本競馬を世界レベルまで押し上げたハーツクライ。その母アイリッシュダンス(その父トニービン)は6歳で新潟記念に勝った晩成タイプだけに、サンデーサイレンスの後継のなかでも奥が深く、大舞台向きの底力に富む。ジャスタウェイ、ワンアンドオンリー、ヌーヴォレコルト、シュヴァルグラン、スワーヴリチャード、リスグラシュー、ドウデュース、さらに海外でもヨシダ、コンティニュアスなどが数々のビックタイトルを勝ち取ってきた。

 ハーツクライを手がけた橋口弘次郎調教師は、究極の目標に掲げていたダービー制覇を産駒のワンアンドオンリーで果たした。こう父子2代に渡るドラマをしみじみと語る。

「ハーツクライで手が届かなかった夢があったからこそ、オーナーが託してくれた一頭。ぱっちりした瞳や流星など、顔つきがよく似ていてね。ハーツも内弁慶なところがあって、普段は激しさを見せたが、鞍を着けたら堂々としたもの。根性が据わっていたよ。だんだん環境の変化に動じなくなり、ダービー当時のワンアンドオンリーも、父みたいな雰囲気に。奥深い血との巡り会いに感謝するしかない」

 3歳1月の京都(芝2000m)でデビューすると、あっさり好位から抜け出したハーツクライ。前半でスピードに乗らず、手前の替え方にもぎこなさが残るなか、きさらぎ賞(3着)を経て、若葉Sでオープン勝ちを果たす。皐月賞は14着に敗退したものの、京都新聞杯では大外一気が決まり、ダービーへと駒を進めた。ここでも抜群の末脚を爆発させ、キングカメハメハの2着に食い込む。

 神戸新聞杯(3着)、菊花賞(7着)、ジャパンC(10着)、有馬記念(9着)と、秋シーズンは王道路線を歩む。この経験が以降につながり、持ち前の決め手に強靭さを増していった。大阪杯(2着)、天皇賞・春(5着)、宝塚記念(2着)とも見せ場はたっぷりあった。

「夏場の放牧をきっかけに、別馬のようにたくましくなった。想像以上の成長力に驚かされたね」

 天皇賞・秋はスローペースに泣き、6着に終わったが、ジャパンCではアルカセットとレコードタイムを更新する激闘を繰り広げ、ハナ差の2着まで追い詰めた。

 完全に本格化したとはいっても、有馬記念で待ち構えていたのは圧倒的な強さで3冠を制したディープインパクト。同馬のラストで勝負するレーススタイルも中山向きではないと思われ、単勝17・1倍の4番人気に甘んじる。ところが、大方の予想に反し、馬任せでも4番手をキープ。完璧に折り合い、手応え十分に直線へと向いた。ディープインパクトも懸命に迫ってきたが、ラストでぐいと引き離し、悠然とゴールに飛び込む。フルに能力を発揮させたクリストフ・ルメール騎手は、こう胸を張った。

「スタートが良かったし、無理に抑えるつもりもなかった。いいリズムで運べたよ。道中は相手のことなど意識していなかったけど、さすがスーパーホース。背後にぐんぐん迫ってくる気配があった。でも、こちらにも余力があり、しっかりとゴールまで我慢。多くのファンが注目する偉大な一戦で最高の結果を出せ、うれしくて仕方がない」

 5歳シーズンは海外へ飛び立ち、ドバイシーマクラシックを完勝。有馬記念と同様にスムーズに先行し、後続に4馬身の差を付ける。キングジョージ6世&クイーンエリザベスDSでもいったん先頭のシーンがあり、惜しい3着だった。

「ドバイではユートピア(ゴドルフィンマイルに優勝)が一緒だったが、慣れないイギリスで1頭になり、淋しがっていたのが敗因。帯同馬の重要性を学んだなぁ」(橋口調教師)

 さらなる前進が期待されたが、ジャパンC(10着)を目前にしてノド鳴りが悪化してしまい、早すぎる引退が決定。それでも、以降は2020年シーズンまで種付けを継続し、名声は高まる一方だった。2023年に天国へ旅立ったが、さらに孫世代へと枝葉を広げ、日本競馬の新時代を切り拓いていく。