サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ハクサンムーン
【2012年 京阪杯】日本一のダッシュ力を誇った愛すべきファイター
スピードタイプの良績が突出している西園正都厩舎。これまで31勝している重賞のうち、01年阪神JF(タムロチェリー)、10年マイルCS(エーシンフォワード)、12年マイルCS(サダムパテック)、18年ヴィクトリアマイル(ジュールポレール)をはじめ、25勝がマイル以下で挙げたものだ。そんななかにあっても、2013年にサマースプリントシリーズのチャンピオンに輝いたハクサンムーンは、驚異的なダッシュ力を誇る個性派だった。西園調教師も、早くから非凡な能力に惚れ込んでいたという。
「浦河のBTCで乗り込まれているころより、とにかく動いた。常に前向きで、仕上がりも早い。デビュー前の最終追い切りが坂路で51秒5、終いは11秒9。ものが違うと思わせたよ。それでいてフットワークに柔らか味もあり、奥の深さも感じていた」
セレクトセール(当歳)にて5000万円で落札。ドバイデューティーフリーやジャパンCを制したアドマイヤムーンのファーストクロップだが、他のタイトルホルダーに高松宮記念を制したセイウンコウセイ、ファインニードルがいるように、エンドスウィープの後継らしく短距離色が濃い。母チリエージェ(その父サクラバクシンオー)は短距離で5勝を挙げた。同馬の半弟にサトノレーヴ(高松宮記念)がいる。
2歳12月、阪神の新馬(芝1400m)に臨むと、2馬身ほど出遅れながら一気に挽回。鮮やかに押し切った。ラストで失速したものの、朝日杯FS(16着)でも先頭で直線へ。年明けの中山、芝1200mを悠々と逃げ切る。
「3歳前半の3戦(クロッカスSを7着、ファルコンS11着、葵S9着)は、いかにも若いレース運びで連敗したけど、大きなダメージを受けず、脚元もきれいなまま。問題は気性面だった。常に人恋しくて、落ち着きがないんだ。そんななかでも、使われながら成長。着実にパワーアップしてきた」
出石特別(5馬身差の圧勝)以降、ほとんどハナを譲らずに前進していく。アイビスサマーダッシュ(4着)、北九州短距離S(4着)と健闘し、道頓堀Sでは順当に4勝目をつかんだ。京洛S(15着)は、執拗に競られたのがすべて。京阪杯ではスピードを存分に発揮し、晴れて重賞ウイナーに輝く。翌年の飛躍につなげた。
「ファンはせっかちすぎると思ったなぁ。まさか10番人気とは。マークが薄くなったところで1番枠を引き、インぴったりを絶妙のペース(前半3ハロン34秒3、後半を34秒2)で回ってこれたからね。テンションの高さに配慮し、返し馬までパシュファイヤーを装着。レースでは初めて耳覆いを着けたままで走らせた。その効果も絶大だったよ」
厳寒期は調子が上がらない傾向にあったが、オーシャンS(9着)を経て、高松宮記念では3着に逃げ粘った。デビュー時との比較で体重が30キロ以上も増え、CBC賞をクビ差の2着すると、アイビスサマーダッシュに優勝。持ったままで先手を奪い、ラスト2ハロン目で10秒3まで加速して勝負あり。余力たっぷりに外ラチ沿いを駆け抜けた。
「一段とうるさくなり、高松宮記念以降、なかなか馬場に入ろうとしない。夏になったら、くるくる回転するようにもなって。すっかり有名になって恥ずかしかったが、それでも結果が出ているからね。ご愛嬌の範囲。左へしか回らないし、ジョッキー(酒井学騎手)も対処に慣れている」
馬房のなかでも旋回癖を見せるのだが、この場合はなぜか決まって右回りとのこと。気持ちのオン・オフが極端なだけで、自ら体力を削ってしまうほどではなかった。ますます勢いに乗り、セントウルSでは絶対王者のロードカナロアを退けてしまう。後続が迫るのを冷静に待ち、ラストで突き放す完璧な内容だった。
「どうしても展開が鍵となるが、もともと2完歩目は日本一の速さ。それにパワーや持久力も加わり、もう簡単には止まらない」
スプリンターズSも2着に食い下がり、充実ぶりをアピールする。ライバルのマークもきつく、その後は未勝利に終わったとはいえ、高松宮記念(5着)、セントウルS(2着)、オーシャンS(2着)、高松宮記念(2着)、オーシャンS(2着)などで、場内を沸かせた。
7歳時の高松宮記念(11着)がラストラン。レックススタッドで種牡馬入りした。いまのところ目立った成果を出せずにいるが、いずれ父に似た韋駄天が登場すると信じている。