サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ハットトリック

【2005年 マイルチャンピオンシップ】晩秋の日差しに映える渾身のシュート

 体質の弱さを抱え、3歳5月の東京(芝1600m)でようやくデビューにこぎつけたハットトリック。それでも、楽々と2馬身の快勝。いきなり良血らしい非凡な才能を見せ付けた。

 日本競馬を一変させたサンデーサイレンスの産駒。母トリッキーコード(その父ロストコード)は米G2・サンタイネスSの覇者であり、G1・オークリーフSでも3着した一流馬である。祖母の半兄にクレヴアーテル(G2・アーカンソーダービー、同・ルイジアナダービー)も名を連ねる豪華なファミリーだ。

 牡丹賞はアタマ差の辛勝だったとはいえ、次位の上がりを1秒1も凌ぐ32秒9の鋭さを発揮。出遅れが響いたラジオたんぱ賞(9着)を経て、リフレッシュ放牧を挟むと一気に出世街道を突き進んでいく。

 栗東の角居勝彦厩舎へ転厩したうえ、ナリタブライアンメモリアルより再スタート。レースのラスト3ハロンを1秒7も上回る末脚(33秒2)で後方一気を決めた。清水Sも順当に勝ち上がる。京都金杯はクビ差だったものの、単勝1・6倍の断然人気にふさわしい瞬発力を駆使。計ったように捕え、初となるタイトルを奪取した。

 続く東京新聞杯でも、多くのファンの視線は天才ストライカーのゴールにくぎ付けとなった。スローな流れににもかかわらず、じっくり運ぶスタイルを貫き、4コーナーから促して直線へ。32秒9の切れを爆発させ、大外を突き抜ける。

 しかし、マイラーズCは先行勢に有利な流れに加え、4コーナーで挟まる不利に見舞われ、9着に敗退。安田記念も馬群をさばけず、15着とほろ苦い結果に終わった。

 秋シーズンも毎日王冠(9着)、天皇賞・秋(7着)とスムーズさを欠いたが、秘めた闘志はますます燃え盛っていた。オリビエ・ペリエ騎手を鞍上に迎え、マイルCSで鮮やかなG1制覇を成し遂げる。出遅れを跳ね返す痛快な逆転劇に、角居トレーナーは晴れやかな笑みを浮かべた。

「細かった飼い食いが改善され、本格化してきた手応えがありました。2000mの天皇賞から距離が2ハロン短縮されるとはいっても、ためるだけためて、エンジンを遅くかけてほしいとジョッキーに指示したんです。でも、ペースはスロー。4コーナーでは夕陽が目に入り、自分の馬を見失ってしまって。ゴール前でようやく判別できても、ハナ差の決着でしたので、勝てたかどうかはわからなかった。このところ不発続きだっただけに、やっと大きな舞台でハットトリックらしい脚を使え、うれしさは格別ですよ」

 香港マイルでも鮮烈な差し切りを演じ、4歳シーズンはマイル重賞で4勝をマーク。みごとなハットトリックだった。ただし、ドバイデューティーフリー(12着)に挑むなど、果敢なチャレンジを続けながら、以降の8戦ではシュートを放てずに終わる。勝利時を除けば、すべて掲示板を外しているのが同馬らしさでもある。

 アメリカからオファーを受け、6歳春に種牡馬入り。初年度産駒より仏G1のモルニ賞やジャン・リュック・ラガルデール賞に優勝したダビルシムが登場した。フランスの2歳リーディングサイアーと、ファーストクロップリーディングサイアーに輝き、日本産として初の快挙を成し遂げている。以降もキングデヴィッド(米G1・ジャマイカH)、ハットプンタノ(亜G1・亜グランクリテリウム、亜G1・亜2000ギニー)をはじめ、多数のトップホースを輩出した。

 競走時代だけでなく、サイアーとしても世界に名を轟かせたハットトリック。2020年、この世を去ったとはいえ、抜群のシュート力を受け継いだ遺伝子は様々な地域に枝葉を広げている。