サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ビッグアーサー
【2016年 セントウルステークス】聖剣を携えて進撃するスプリント界の名君
HBAセレションセール(1歳)にて1050万円で落札されたビッグアーサー。ひと目した瞬間、藤岡健一調教師は胸のときめきを覚えたという。
「滅多に出会えない迫力ある馬体。セリの当時でも、たくましい筋肉に圧倒されましたね。香港や南半球のトップスプリンターみたい。この父らしい豊富な速力を見込んでいましたよ」
長年に渡って日本の短距離界を支えたサクラバクシンオーの産駒。母シヤボナ(その父キングマンボ)はイギリスで走って未勝利だが、曽祖母リーロイが米G1・サンタバーバラHや同・サンタアナHの勝ち馬であり、4代母リスカウス(仏オークス、凱旋門賞2着など)に連なる名牝系である。同馬の半兄にあたるブロードスターも3勝を挙げた。
「それでも、大型のうえ、球節に負担がかかりやすい肢勢。吉澤ステーブルでの乗り込みは慎重に進められ、入厩も3歳3月と遅れてしまって。そんな状況ながら、やはり能力は非凡でしたね。軽く仕掛けただけで好タイムをマーク。思いのほか、スムーズに態勢が整いました。心配したのは、ちょっとしたことでも過敏に反応してしまい、精神的に危うさを抱えていた点。まずは無事にと願ってレースに送り出したんです」
長距離輸送もクリアし、福島の芝1200mで初勝利。好位から楽々と抜け出し、2馬身半の差を付けた。いったんリフレッシュを挟み、伊万里特別を目指したのだが、ここで思わぬアクシデントに見舞われる。馬運車で暴れ、右トモに外傷を負ってしまったのだ。
「それはショックでしたが、ゆっくり休養した間の成長は大きかった。競馬へいっても我慢が利き、折り合いは容易。一気に燃える面もいいほうへつながり、ラストで旺盛な闘争心を発揮してくれる」
久々の不安をあっさり跳ね除け、八代特別を快勝する。岡崎特別でのパフォーマンスも圧巻。勝ちタイム(1分8秒6)は、同日の高松宮記念とコンマ1秒差であり、ラスト3ハロンで駆使した33秒9の上がりも、G1の上位馬をはるかに上回る鋭さだった。
「キャリアが浅いのに、初の左回りを克服。流れに応じて動けたのは収穫でしたよ。パワーもあり、渋った馬場だって対応できる。翌年の大舞台へと夢がふくらみました」
淀屋橋Sはクビ差の勝利だったものの、ゴール手前まで追い出しを待つ余裕があった。水無月Sも順当に突破。北九州記念で2着に敗れ、連勝は5でストップしたとはいえ、重賞制覇にメドを立てる。オパールSに貫録勝ち。京阪杯(2着)、阪神C(3着)、シルクロードS(5着)と足踏みしても、あと一歩、噛み合えばと惜しまれる内容だった。
大切に育てられてきただけあって、伸びる余地もたっぷり。渾身の仕上げが施され、高松宮記念に挑む。2戦目以来、1番人気を背負い続け、ここでも記録は継続。がっちり好位をキープすると、ラスト100mで先頭へ。力強い脚取りで後続を突き放し、栄光のゴールを通過した。ついにアーサーは聖剣を抜き、堂々と王座に君臨したのである。初騎乗にしてフルに持ち味を引き出した福永祐一騎手も、こう能力を絶賛した。
「まずはスタートを決めようと集中。ダッシュが良かったし、終始、手応えは楽だった。前も渋太かったけど、最後までしっかり伸びたからね。レコードタイム(1分6秒7)で走り切れたように、性能は超一流。さすがといった乗り味だった」
秋緒戦のセントウルSも余裕綽々のパフォーマンス。スピードの違いでハナに立ち、3コーナーでは早めにスパートすると、一気に後続を突き放す。セフティーリードを保ったまま、高速決着を押し切った。
「相手関係を見て、ゲート次第では逃げてもいいと判断。途中で2番手の馬に被せられて突っ張り、カツンとハミを取ったけれど、長く脚が持続するタイプ。最後まで止まらない自信があった。久々に加え、58キロを背負いながら、正攻法で勝ち切れたんだから、価値ある内容。次はまた、ビッグタイトルを獲らせたい」
と、福永ジョッキーは胸を張った。
ところが、スプリンターSは前が壁となり、不完全燃焼の12着。香港S(10着)以降も復調はかなわず、スプリンターズS(6着)を一走したのみで種牡馬入りすることとなる。
サクラバクシンオーの魅力をストレートに受け継いだ逸材だけに、トウシンマカオ(セントウルS、京王杯SCなど重賞5勝)、ブトンドール(函館2歳S)、ビッグシーザー(京阪杯)、カンチェンジュンガ(阪急杯)らを輩出。父の域に迫る大物の登場が楽しみでならない。