サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
アリゼオ
【2010年 毎日王冠】順風を受けて加速するパワフルな帆船
海外での7勝を含め、計23勝のG1(Jpn1を除く)を手中に収め、確かな実力を発揮している堀宣行厩舎。数々の逸材を育てているが、アリゼオも破格のポテンシャルを誇った優駿だった。
たくましい馬格は父譲り。2年連続で年度代表馬に選出されたシンボリクリスエスの産駒である。母スクエアアウェイ(その父フジキセキ)は1勝したのみだが、開業と同時に堀厩舎に移籍し、6歳の引退まで息長く走った。ワンモアチャッター(朝日チャレンジC)やスマートギア(中日新聞杯)は同馬の叔父にあたる。
アリゼオ(Aliseo、イタリア語)とは、偏西風とは反対の東より吹く「貿易風」のこと。同ステーブルの躍進を象徴するようなネーミングである。しっかり張ったマストに順風を受けて、2歳11月に東京(芝2000m)で新馬勝ち。着差はクビ差だったものの、とても届きそうもない位置から目を見張る鋭さを駆使した。2着は後に天皇賞・春に勝つヒルノダムールである。
「能力は破格でした。デビュー戦で見せた脚に持っているギアの違いが表れています。ただ、あり余る行く気がウイークポイント。精神面のコントロールには気を遣いました」
と、堀調教師は振り返る。
2戦目にはホープフルSを選択。前半で頭を上げるシーンがありながら、積極的に運んで後続を突き放してしまう。続く共同通信杯(3着)は、より折り合いに課題を残す走りだったとはいえ、ハナ+クビ差の惜敗。スプリングSを逃げ切り、早くも重賞ウイナーに輝いた。だが、皐月賞はラストで伸び切れずに5着。ハナに立って脚がたまらず、ダービーも13着まで失速した。
夏場のリフレッシュを経ると、一段とパワーアップ。軽い挫跖を発症し、毎日王冠に向けては明らかに速いタイムが不足していたものの、間隔が開いてフレッシュなほうが力を出せる個性といえた。
リラックスしたままでスタートを切れ、いったん好位まで上がっても抑えが利いた。中団に控えて直線へ。逃げたシルポートが外へと進路を取ったことで、インのグリーンベルトがぼっかりと空く。そのまま最内を突いて追い出されると、早めに先頭に立ったエイシンアポロン(翌年のマイルCSに優勝)をハナ差だけ交わしてゴールに飛び込んだ。
会心の勝利に、福永祐一騎手は満面の笑みを浮かべる。
「今回が初騎乗となり、春当時との比較はできないが、先週、美浦トレセンに出向いて追い切りに跨ったら、思ったよりコントロールでき、好感触を得た。返し馬もスムーズに終えられたしね。ただ、想像よりも行き脚が付かなかったんだ。これは大変だと思ったが、もう我慢するしかない。3コーナーくらいからはリズムを取れ、手応えも十分。しっかり伸びてくれた。最後の一完歩で交わした実感があったよ」
これで軌道に乗ったかと思われたが、天皇賞・秋(14着)は気負って出遅れてしまう。ダート適性を見込んで挑んだJCダート(16着)だったが、スタートでトモを落としたうえ、砂を被って戦意を喪失した。
ここでリフレッシュ放牧へ。ところが、山元トレセンで騎乗を再開したところ、右前の屈腱に炎症が認められた。5歳になって巴賞(8着)、札幌記念(9着)と歩んだが、脚元は限界に達していた。
結局、秘めた才能をフルに生かすことができなかったアリゼオ。それでも、3歳馬が毎日王冠を制したのは、オグリキャップ以来、22年ぶりの快挙だった。その勇敢な走りは、いまでも青春のパワーに満ちたまま、鮮明に浮かび上がってくる。