サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

レーヴディソール

【2010年 阪神ジュベナイルフィリーズ】一族の夢を背負って羽ばたいた純真な少女

 錚々たる繁殖を要するノーザンファームにあっても、レーヴドスカー(母父ハイエストオナー)は宝物のような一頭である。G1・サンタラリ賞を制し、ヴェルメイユ賞やオペラ賞を2着、仏オークスでも4着した競走成績も華やかだが、産駒はコンスタントに活躍した。持ち込みとして誕生したナイアガラ(すみれSなど)に続き、レーヴダムールが阪神JFをクビ差の2着に健闘すると、アプレザンレーヴは青葉賞で重賞制覇を成し遂げた。レーヴドリアンもきさらき賞2着、京都新聞杯3着など、非凡な能力を示す。

 そして、さらなる「飛翔の夢」(フランス語でレーヴディソール)を背負い、同馬が誕生。配された父は、サンデーサイレンス系のなかでも抜群の安定度を誇り、08年に総合リーディングサイアーに輝いたアグネスタキオンである。さらに、妹弟にあたるレーヴデトワール(3勝)、レーヴミストラル(青葉賞、日経新春杯)、レーヴァテイン(青葉賞3着)らも一族の名を高めていった。

 整ったバランスが崩れることなく、すくすくと成長したレーヴディソール。性格的にも従順であり、ノーザンファーム早来での育成は順調に進行した。2歳5月になると、週に2回のペースでハロン15秒程度のスピードメニューをこなす。柔軟な身のこなしや一瞬の反応も高く評価されるようになった。

 8月になって札幌競馬場へ。10日後には難なくゲート試験をパスする。馬なりでも上々の動きを見せ、あっという間に出走態勢が整った。手綱を取るはずの安藤勝己騎手が騎乗停止となってしまう誤算はあったが、中舘英二騎手を鞍上に迎え、予定どおりに札幌の芝1500mでデビュー。スローペースを跳ね除け、あっさりと大外一気を決めた。コンマ2秒差の2着に続いたのは、後にアーリントンCやカペラSに勝つノーザンリバーだった。

 あえて高いハードルに挑み、2戦目にはデイリー杯2歳Sを選択。後方待機より他を圧倒する末脚(3ハロン33秒7)を繰り出し、馬群をひと飲みする。牝馬での同レース制覇はシーキングザパール以来14年ぶりのことだった。

「スタートが遅く、ゲートを出てからもモタモタ。無理せず、じっくりと構えました。しかも、4コーナーから大外を回すかたちに。それなのに瞬発力が違い、楽々と差し切れましたよ。ここまで強いとは。追えばもっと切れそう。可能性は底知れない。あとは能力に見合う馬体に成長すればいいですね」
 と、このレースより主戦を務めた福永祐一騎手は声を弾ませた。

 阪神JFでも単勝1・6倍の人気を背負い、期待に違わぬ強さを見せ付ける。前走と同様、スタート自体は遅かったが、すっと行き脚が付いた。スローな流れのなか、折り合いに専念し、中団を追走する。直線に向いても手応えは楽。瞬時にホエールキャプチャ(後にヴィクトリアマイルを優勝)らを交わし去り、悠々とゴールを決めた。ファミリーに待望のG1の勲章をもたらす。

 3か月間、英気を養ったうえ、チューリップ賞へ駒を進める。単勝人気は1・1倍。ステーブルの先輩となるブエナビスタが同レースを制した際を上回る81・4%の支持を集めた。直線で外に持ち出すと、軽く気合いを付けた程度でぐんぐん加速。駆使した上がり(3ハロン33秒6)は、次位を1秒1も凌ぐもの。熾烈な2着争いを尻目に、4馬身の差を付けた。

 だが、桜花賞への1週前追い切りで右ヒザを剥離骨折してしまう。「並外れたキック力。だから、トモの送り方が独特で、味わったことがない感触」だとジョッキーも話していたが、そのぶん、前肢には負担がかかりやすい。懸命に立て直されたものの、エリザベス女王杯(11着)、愛知杯(4着)と、本来の走りを取り戻せなかった。その後に右ヒザを再手術したものの、完治には至らず、早々と引退が決まった。

 競走生活はあまりにも短かった反面、ターフに咲かせた花は鮮烈なまま、多くのファンの目に焼き付いている。果たせなかったクラシック制覇の夢は、順調に枝葉を広げる一族の末裔たちへと受け継がれていく。