サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ロイヤルタッチ

【1996年 きさらぎ賞】初花月に笑みの眉開く高貴なつぼみ

 数々の名馬を送り出した伊藤雄二元調教師にとっても、すべてのホースマンが目標とするダービーの勲章をもたらしたウイニングチケットは特別な一頭といえる。その半弟にあたるのがロイヤルタッチ。一時は兄と同様の、むしろそれ以上の期待を背負った逸材だった。

 母パワフルレディ(その父マルゼンスキー)は未出走だが、その半弟にカリスタグローリ(クリスタルC)ら。伊藤調教師には馴染みの母系であり、近親にハードバージ(皐月賞)、マチカネタンホイザ(目黒記念など重賞4勝)も名を連ねる。

 父は日本競馬を一変させたサンデーサイレンス。2世代目のスター候補だった。すでにファーストクロップの大物となるフジキセキ(朝日杯3歳S)、ジェニュイン(皐月賞、マイルチャンピオンシップ)、タヤスツヨシ(ダービー)、ダンスパートナー(オークス、エリザベス女王杯)などが活躍していたタイミングでデビュー。同期にはバブルガムフェロー(朝日杯3歳S、天皇賞・秋)、イシノサンデー(皐月賞)、ダンスインザダーク(菊花賞)がいた。

 栗東への入厩は3歳(当時)の10月。同ステーブルらしく丁寧に仕上げられる。440キロ程度のスマートな馬体だけに、坂路での動きはそう目立たなかったが、芝コースで追われた際は目を見張る伸び脚を披露。1番人気を背負って臨んだ12月の新馬(阪神の芝2000m)は、好位から抜け出して順当に勝利。続くラジオたんぱ杯3歳Sも抜群の決め脚を駆使する。アタマ差の辛勝ではあったが、キャリア2戦にしてイシノサンデー(2着)、ダンスインザダーク(3着)などの人気馬を退けたのだから、価値あるパフォーマンスといえた。一躍、クラシック候補に踊り出る。

 きさらぎ賞では、天才的な才能が一段と際立つこととなる。ここでもダンスインザダークが待ち構えていたが、単勝1・7倍の圧倒的な支持を集めた。4ハロン目から12秒台にペースダウンして馬群が凝縮するなか、中団でしっかり脚を温存した同馬は、坂の下りでスムーズに加速。11秒9、11秒6、11秒5と、ゴールに向かってラップが上がると、徐々に馬群がばらけ始める。瞬発力勝負は望むところ。唯一、ダンスインザダークが渋太く食い下がったものの、クビ差の先着を果たす。3着のエイシンガイモンは2馬身半もちぎられた。

 騎乗したオリビエ・ペリエ騎手も「ここ2戦とも着差はわずかでも負ける気がしなかった。若いのにセンスがいい。乗り味も超一級品」と笑みを浮かべたのだが、華々しい進撃はここまでだった。皐月賞の試走に選んだ若葉Sは生憎の不良馬場。2着に敗れる。ダンスインザダークが熱発、バブルガムフェローも骨折によりリタイアしたため、皐月賞(2着)も1番人気を背負って臨みながら、イシノサンデーを捕え切れなかった。

 ダービー(4着)、菊花賞(2着)と健闘したのにもかかわらず、結局、以降も未勝利。5歳時のジャパンC(11着)を走り終えると脚元に不安を発症し、スタリオン入りすることになる。

 種牡馬成績は地味ながら、アサヒライジング(クイーンS、秋華賞2着、アメリカンオークス2着、ヴィクトリアマイル2着)などの個性派を輩出したロイヤルタッチ。功労馬となって静かに余生を送り、26歳まで天寿を全うした。

 同じ世代のステーブルメイト、エアグルーヴ(オークス、天皇賞・秋)とは対照的に、早咲きの競走生活ではあったが、きさらぎ賞で放った超一流のきらめきは、いつまでも名将の記憶に、そして、多くのファンの心に、はっきりと刻み込まれている。