サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ローエングリン
【2003年 中山記念】重厚なスピードを誇った伝説の騎士
ロゴタイプ(朝日杯FS、皐月賞、安田記念など)、ヴゼットジョリー(新潟2歳S)、カラクレナイ(フィリーズレビュー)、トーセンスーリヤ(新潟大賞典、函館記念)らを送り出し、種牡馬としても期待以上の成果を残したローエングリン。ジャパンC、ドバイワールドCなどG1を4勝したシングスピールの後継であり、母がカーリング(ディアヌ賞、ヴェルメイユ賞)という世界的な良血である。同馬の半弟にあたるエキストラエンド(6勝)も、京都金杯に勝ち、重賞での2着が4回。大物を輩出する下地は十分にあった。
競走時代は2歳時より天才的な才能を垣間見せていた。10月の新馬は出遅れが響き、クビ差の2着に敗れたものの、続く東京の芝2000mを6馬身の差を広げる逃げ切り。年明けにダート1600mで2勝目をマークした。皐月賞は除外され、若草Sに回ってオープン勝ち。ダービーも抽選でエントリーがかなわなかった。同日の駒草賞を差し切り、鬱憤を晴らした。
6月生まれのハンデを跳ね除けて3着に粘った3歳の宝塚記念が、初となるG1の舞台だった。菊花賞では距離の壁に泣き、16着に大敗したが、重厚な先行力に磨きをかけ、キャピタルS、ディセンバーSと連勝。そして、輝かしい4歳シーズンに突入する。
東京新聞杯(クビ差の2着)を経て、中山記念で待望のタイトルを奪取。単騎でマイペースに持ち込み、2ハロン目から図ったように11秒台のラップを刻んでいく。早めのスパートで差を広げ、後続を寄せ付けなかった。鞍上の後藤浩樹騎手は、こう晴れやかな笑みを浮かべる。
「前走に続いて騎乗して、しっかりと信頼関係を築けていた。スタートが速いから、無理なくハナへ。この馬のリズムを守るように心がけただけ。いよいよ本格化してきた感触がある。ラストまで余裕があったよ」
リヒャルト・ワーグナー作のオペラ「ローエングリン」のように、まだまだ壮大なドラマが展開していく。マイラーズCでは冷静に2番手をキープすると、あっさりと先頭に躍り出る。勝ちタイムは1分31秒9のレコードだった。
安田記念も1番人気に推され、いったん先頭に立った。坂を上がって捕えられ、惜しくも3着。その後はフランスへ旅発つ。直線レースのジャックルマロワ賞こそ10着に完敗するが、ムーランドロンシャン賞ではコーナーで息が入り、2着に健闘する。
帰国緒戦の天皇賞・秋(13着)はゴーステディと激しい競り合いを演じ、1000m通過が56秒9というハイペースを演出する。ケント・デザーモ騎手にスイッチし、香港マイルは3着。歯車が少しずつ狂い始めていた。
善戦しながらも、5歳時は未勝利。横山典弘騎手の絶妙な手綱さばきで、6歳春のマイラーズCに勝利したが、その後は長期のスランプに陥る。それでも、思い切った後方待機策で4着に追い込んだ関屋記念をきっかけに、徐々に闘志を取り戻しつつあった。
8歳で臨んだ中山記念は、後藤騎手がカムバック。ゲートが開いた瞬間に他馬を置き去りにするようなダッシュが決まった。あとは馬任せにマイペース。ゴールまで勢いは衰えず、久々に優勝を果たす。
「またチャンスを与えてくれた先生(師匠である伊藤正徳調教師)に感謝するしかない。いいころのイメージを思い出して乗っていたし、馬もかつての走りを覚えていたみたい」
と、ジョッキーは涙した。結局、これが最後の勝利。マイルCS(18着)を最後に引退した。不器用さに泣かされ、浮き沈みの激しい内容だったが、長きに渡ってトップクラスと渡り合い、G2を4勝。惜しくも頂点を極められなかったとはいえ、そのポテンシャルは破格のものがあった。芸術的な美しさに満ちた走りが忘れられない。