サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
ローズバド
【2001年 フィリーズレビュー】艶やかに開花した薔薇のつぼみ
日本競馬史に輝かしい足跡を刻んだ橋口弘次郎厩舎にあって、ゆかりの血統といえば、真っ先にフランス生まれのローザネイ(その父リファール)に連なるファミリーが挙がる。最初に花を咲かせたのがロゼカラー(その父シャーリーハイツ、デイリー杯3歳S、秋華賞3着)。その初仔がローズバド(その父サンデーサイレンス)であり、母があと一歩で届かなかったクラシック制覇の夢を託されて誕生した。期待通りに高いポテンシャルを示すとともに、繁殖入り後も豪華に枝葉を広げる「薔薇一族」の本流となり、産駒のローズキングダム(朝日FS、ジャパンC)が、ついに悲願のG1制覇を成し遂げることとなる。
「ローズバドへの思い入れは、やはり特別なものがあるね。この血筋はみな皮膚が薄くて上品。それにサンデーの良さが生き、若駒当時よりとても俊敏なうえ、身のこなしが柔軟だった。ロゼカラー以上の鋭い決め手を見込んでいたよ」
と、名トレーナーは懐かしそうに振り返る。
3歳(当時)9月に栗東へ。追い切りでも上々の反応が見られたものの、精神面は繊細だった。出遅れが響き、11月の新馬(京都の芝1600m)を5着。3着、2着と続けた後、12月の阪神、芝1600mで順当に差し切り勝ちを収める。春の大舞台を意識して間隔を開け、2月の阪神(芝1200m)へ臨んだのだが、忙しい流れに脚がたまらず、10着に敗退。1番人気を裏切ってしまった。
フィリーズレビューは単勝15・5倍の6番人気に甘んじたが、調教の動きは相変わらず軽快。折り合いひとつで評価を覆せると、陣営は見込んでいた。
鞍上に抜擢されたのは、地方・兵庫に所属していた小牧太騎手(2004年にJRAへ移籍、2024年8月より再び兵庫に在籍)だった。スタートで立ち遅れても慌てず、最後方でマイペースを貫く。1000m通過が57秒2の激流となり、コーナーでは楽々と馬群に取り付くことができた。直線に入って大外に導くと、一気の逆転劇が始まる。ラスト3ハロン(35秒1)は、次位を1秒0も上回る圧倒的なものだった。小牧騎手は左手を高々と突き上げ、ゴールに飛び込む。中央34勝、地方51勝の重賞優勝を果たしている名手にとっても、これがうれしいJRAでの初タイトル。こう声を弾ませた。
「気のいい馬だから、うまく力を抜いてあげたかった。終いに徹し、桜花賞へ進める3着以内を狙う作戦だったんだ。無駄なく全身を使えるし、切れ味は想像以上だったね」
ところが、桜花賞は熱発により回避することに。思えば、ロゼカラーも同様のアクシデントに見舞われ、1冠目には進めなかった過去がある。フローラSからは横山典弘騎手が騎乗。直線だけで3着に押し上げると、続くオークスをクビ差の2着に健闘した。
秋緒戦のローズSは、懸命に脚を伸ばしながら2着。秋華賞も2着に惜敗する。古馬と初対戦となったエリザベス女王杯では、わずかハナ差の2着。トップレベルの能力を証明しながら、不運に泣いた3歳シーズンだった。それでも、橋口元調教師は穏やかな笑みを浮かべながら、こう健闘を称える。
「あのちいさな体でがんばる姿が、いまでも目に焼き付いているよ。悔しいどころか感動したなぁ」
全力を尽くした反動で、以降は自慢の末脚が不発に終わるケースが多かったとはいえ、5歳時のマーメイドSで鬱憤を晴らす。軽さや切れが削がれる生憎の重馬場となったが、荒れたインの後方をリズム良く追走。3コーナーから持ったままでポジションを上げ、直線で楽々と抜け出した。後続を3馬身半も突き放した。
「精神的にどっしりしたことで、走りにくい条件でも集中してくれたのが勝因。府中牝馬S(2着)、エリザベス女王杯(5着)でもラストの伸びはすばらしかった。6歳春まで無事に現役生活を送れただけで、安堵したね。毎年、どんな仔が生まれるのか楽しみでね。次々に新たな夢を運んでくれた。ほんと偉大な繁殖だよ」
薔薇にまつわる長編ドラマの序章で主役を演じたのがローズバド。最大の見せ場はフィリーズレビューでの艶やかな才能開花である。未来に向けても、名牝の子孫たちにより、薔薇にまつわる物語は壮大に展開していく。