サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
アブソリュート
【2009年 富士ステークス】府中のマイルで覚醒する強烈な破壊力
デビューは3歳1月と遅れたものの、東京の芝1800mでレースの上がりを1秒1も凌ぐ3ハロン33秒9の末脚を爆発させたアブソリュート。後続に1馬身差の差を付ける完勝だった。続く同条件の500万下も非凡な瞬発力を駆使して楽勝を収めた。
「まだまだ若く、激しい気性を心配していたのに。レースセンスがいいし、意のままに立ち回れた。新馬を勝った時点で、ダービーを獲れる器だと感じたのは初めてだったし、後にも巡り会えていない。でも、追えばいくらでも動ける反面、未完成な体へのダメージが大きくて」
と、主戦を務めた田中勝春騎手(現調教師)は振り返る。
タニノギムレットのファーストクロップ。同期には父仔2代でダービーを制したウオッカがいる。母は札幌3歳S、フェアリーSに勝ったプライムステージ(その父サンデーサイレンス)。叔父にステージチャンプ(日経賞、ステイヤーズS)、祖母がダイナアクトレス(毎日王冠など重賞を4勝)という良血である。セレクトセール(当歳)にて1850万円で落札された。
5か月半のリフレッシュを経て臨んだ五頭連峰特別は8着。さらに7か月間、じっくり立て直されても3連敗を喫した。だが、4歳夏に新潟の芝1600m、月岡温泉特別と連勝。いよいよ充実期に差しかかった。昇級3戦目のクリスマスCを順当に勝ち上がり、オープンまで出世する。
初めて挑んだ重賞が東京新聞杯。堂々と差し切りを決める。本格化を印象付ける1馬身差だった。田中ジョッキーも、満足そうな笑みを浮かべる。
「切れ味が削がれる不良馬場となったが、この馬らしい切れを発揮できた。能力を信じ、リズムを崩さないように心がけただけ。反応が良すぎ、直線で抜け出すタイミングは早かったけれど、最後までがんばってくれたよ」
マイラーズC(5着)、安田記念(13着)と苦戦したが、秋緒戦の富士Sで鮮やかに復活。単勝6番人気(11・2倍)を覆し、馬場の真ん中を堂々と突き抜ける。最後はハナ差まで詰め寄られたとはいえ、余力はたっぷり残っていた。
「出負けしたけど、すっと中団へ。道中のリズムはバッチリ。これなら弾けると思っていた。イメージ通りの反応。でも、先頭に立って馬が安心してしまい、ソラを使ったんだ。凌げて良かった。次の大目標を見据え、体は余裕残し。もっと大切に乗っていれば、早くからG1路線に加われたと悔やんでいたし、この馬だけは他のジョッキーに譲りたくはない。ここを新たな出発点にしたいね」
後方に置かれながら、マイルCS(5着)はメンバー中で最速の脚(ラスト33秒0)で上位に迫る。ところが、ゲート難に悩まされ、6歳以降は未勝利。去勢されても出遅れを重ねた。8歳時に2戦続けて鼻出血を発症し、引退が決まった。
父の名ギムレットを意識して命名されたアブソリュート。「完全な」、「絶対な」との意味だが、同名のウォッカ(スウェーデン生産でアルコール度数43%、燃えるワインと称される)もある。ピークの時期は短かった反面、絶対能力を駆使した際のインパクトは強烈だった。その名にふさわしい天才肌といえよう。