サアカスの馬たち
~グレードレース メモランダム~
アーネストリー
【2010年 金鯱賞】驚くべき変貌を遂げた遅咲きのヒーロー
遅生まれ(5月17日)にもかかわらず、2歳7月、阪神の新馬(芝1800m)では新馬勝ちを果たしたアーネストリー。好レベルの一戦であり、トールポピーやキャプテントゥーレといった後のクラシックウイナーを寄せ付けなかった。
父は有馬記念(2回)、宝塚記念などに勝ったグラスワンダー。代表産駒にジャパンCを制したスクリーンヒーローがいて、モーリス、ゴールドアクターらを送り出し、順調にサイアーラインを発展させている。母レットルダムール(3勝)はトニービンの肌であり、その半兄にアグネスカミカゼ(目黒記念)。祖母ダイナチヤイナの全兄にギャロップダイナ(安田記念、天皇賞・秋)がいる筋が通った血脈だ。
ただし、調整には苦労が多く、上腕部の骨膜に泣き、8か月間も沈黙を守る。3月の阪神、芝2200m(3着)で戦列に復帰したものの、今度は腰に不安(股関節炎)を発症した。前向きな発言で知られる佐々木晶三調教師でさえ、こう嘆いたほどである。
「落ち着かせれば物見ばかりするし、厳しく接すると行きたがるやっかいな性格。どたどた走ってるように見えても、能力の違いで動いちゃうから、加減が難しい。フォームも独特でね。前肢は硬くて出ないのに、トモの力は強くて踏み込みすぎる。だから、負担が大きいし、レースでも器用さに欠くんだ」
5か月半の休養を挟み、コンスタントに出走できる下地ができたのに、新たな課題も。レース前に激しくイレ込むようになったのだ。
「知床特別(5着)は、特にひどかった。4人かがりで、なんとか鞍を置いたくらい。ゲートが開けば、すぐにトップギアや。でも、我慢して長めの距離を選んで使ってきた。忙しい流れを一度でも経験させたら、我慢が利かなくなるよ」
それ以来、同馬が馬場入りするのは、馬がまばらになった調教時間の最後に定着した。些細なことにもかっとする面に配慮してのことだ。そんな状況でも、着実に進歩。札幌開催で連勝を飾る。
準オープンへの昇級3戦目となった御堂筋Sではナムラクレセント(菊花賞3着、後に阪神大賞典、天皇賞・春を3着)に2馬身半差の楽勝。日経賞(4着)、新潟大賞典(5着)、エプソムC(10着)と、一時は重賞の壁が厚いかと思わせたが、夏場の休養で一段とスケールアップした。大原Sでアクシオンらを3馬身半も置き去りにし、アルゼンチン共和国杯も2着に粘る。そして、中日新聞杯を制して重賞ウイナーに輝いた。
5歳シーズンのスタートを前に、後肢で右前をぶつけるアクシデントがあり、蹄に外傷を負ってしまう。それでも、プール調整で体をつくり、懸命に立て直されたところ、金鯱賞で二つ目のタイトル奪取がかなった。しきりに行きたがる傾向も薄れ、がっちりとスローの2番手をキープ。直線は鋭く脚を伸ばし、悠然とゴールに飛び込む。
「関節が硬いままで肩は出ないけど、キャンターに映れば別馬。弱点をカバーして余りあるいい筋肉が備わってきた。いかに消耗させずにゲートインさせるか、それが課題だったが、もうやきもきすることはない。精神的にもたくましくなり、苦手の地下馬道を悠然と歩けるようになった。古馬になって、これほど変わる馬は初めて。性格や雰囲気がよく似ているタップダンスシチーと比べても、驚くほどの進化だよ」
宝塚記念(3着)も先頭とは1馬身差。札幌記念を鮮やかに制覇する。天皇賞・秋(3着)以降にゆっくり休養させたことにより、さらに心身が成長。7か月ぶりの金鯱賞は3着に終わったものの、渾身の仕上げに応え、宝塚記念ではついにG1の勲章を手にする。2番手から早めに先頭。ブエナビスタ(ジャパンCなどG1を6勝)に1馬身半の決定的な差を付け、レコードタイムを叩き出す快勝だった。
左前脚を軽く捻挫し、予定していた札幌記念を回避。オールカマーへは慌ただしい調整過程で臨むことになったが、単勝1・4倍の支持に応え、危なげないパフォーマンスを披露する。
「70%くらいなのを本番では100%に持っていけ、天皇賞・秋(14着)に関しては完璧なデキ。でも、東京の2000mで18番枠を引けば6馬身くらいは不利だよ。ゲートで外へ逃げるのを修正しながら、なんとか3番手をキープできたとはいっても、インからのプレッシャーでハミを噛む最悪のパターン。位置取りはともかく、決して自分のかたちじゃない。しかも、あのペース(5ハロン通過が56秒5)では。あの過酷な一戦が堪え、その後は本来の闘争心が薄れてしまったね」
有馬記念は10着。7歳時も宝塚記念(7着)、天皇賞・秋(11着)、有馬記念(11着)と見せ場をつくれず、引退が決まった。種牡馬としては目立った活躍馬を送り出せず、現在は生まれ故郷のノースヒルズにて静かに余生を過ごしている。それでも、幾多の試練を乗り越えてつかんだ栄光は永久に輝き続ける。後世へと語り継ぎたい勇敢なヒーローだった。