サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

リディル

【2011年 スワンステークス】深い愛情に磨かれた伝説の名刀

 橋口弘次郎調教師が大切に育ててきたファミリーといえば、〝薔薇一族〟がまず浮かぶが、クラレント(デイリー杯2歳Sをはじめ重賞を6勝、NHKマイルC3着、安田記念3着)、レッドアリオン(マイラーズC、関屋記念)らの母であるエリモピクシーについても、深い愛着を寄せている。

「すばらしい繁殖だね。エリザベス女王杯を制したエリモシックの全妹らしく、大舞台向きの底力に富み、奥深い血なんだ。ダンシングブレーヴの肌だけに、重厚なパワーも兼ね備えている」

 重賞での3着が3回もあるエリモピクシー(7勝)。産駒にはサトノルパン(京阪杯)、レッドアヴァンセ(阪神牝馬S2着、ヴィクトリアマイル3着)、レッドオルガ(東京新聞杯2着)、レッドヴェイロン(NHKマイルC3着)もいて、名将の引退後も存在感を高めた。

 忘れてならないのが初仔にあたるリディル。リーディングサイアーを獲得した翌年(09年)にこの世を去ってしまったものの、サンデーサイレンスの後継ではエース格だったアグネスタキオンを配されて誕生した。産駒で初のG1ウイナーとなったロジック(NHKマイルC)も手がけた橋口師。2歳7月に入厩した直後より、父譲りのスピードや瞬発力を高く評価していた。

 8月の小倉(芝1800m)でデビュー。初戦は7着に敗れたが、馬っけを出す幼さを見せ、集中できなかったのが敗因だった。2戦目(阪神の芝1600m)を快勝すると、デイリー杯2歳Sも豪快に差し切った。しかし、エリート街道に乗った矢先、試練が訪れる。大山ヒルズでの放牧中に左トモの第1趾骨を複骨折(数箇所に亀裂が走る骨折形態)する重傷を負ってしまったのだ。

「朝日杯FSに目標を定め、1週間後に帰厩する予定だった。連絡を受けた直後には、現地へ飛んで行ったよ。助けられるかどうか、ぎりぎりのライン。最善を尽くしたくて、トレセンの診療所に運び、患部に3本のボルトを埋め込む手術をしたんだ。それがうまくいったし、馬はよく耐えた。回復力も想像以上のものがあったね。1年3か月ぶりとなった白富士S(2着)のことが忘れられない。無事に走り終えることだけを願っていたが、能力を再認識させる内容。本当に感激したなぁ」

 馬場が荒れたインを通った影響があり、洛陽Sを2着。大阪杯ではしきりに行きたがってしまい、8着に終わる。久々の勝利を手にしたのは、谷川岳Sだった。安田記念(7着)は、直線で前が詰まる不利が響いたもの。持ったままで先行した米子Sを快勝。終いも33秒3の鋭さだった。

「春先までは若駒みたいに弱々しく映った。飼い食いも細くて。それが夏場のリフレッシュを挟むと、ようやく完成され、見違えるように充実してきた。追い切りの動きも抜群。思う存分、天性の切れを発揮できると見ていたよ」

 スワンSは初となる1400m。ただ、折り合いを付けるのにはむしろ好都合だった。好スタートを決め、先行集団のインを手応え良く進む。4コーナーでは馬なりで2番手。直線では追い出しを待つ余裕があった。終いを33秒6でまとめ、1分19秒4の好タイムで優勝。トレーナーにとって、これが現役最多タイとなる83勝目(通算96勝)となるJRA重賞の勲章だった。

 ところが、マイルCSでは出遅れたうえにかかりっぱなし。14着まで後退してしまう。故障した馬に影響されて躓き、阪神Cも10着。その後は左前脚の炎症に泣かされ、結局、ターフに戻ることはなかった。

 ベテランの情熱に磨かれ、見違えるように切れ味を増したリディル(北欧神話に登場する剣の名)。輝きを放った時間はあまりにも短かったが、かなえられなかった夢は次世代の近親たちへと受け継がれていく。