サアカスの馬たち 
~グレードレース メモランダム~

ワンブレスアウェイ

【2019年 愛知杯】長き研鑽がもたらした一瞬の輝き

 安定したアベレージを誇る古賀慎明調教師だが、意外なことに2010年オークス(サンテミリオン)以来、平地の重賞優勝から遠ざかっていた。待望のゴールを決めたのがワンブレスアウェイ。好位から鮮やかに抜け出し、2019年の愛知杯に完勝した。

「厩舎にとって久々のタイトルだったからというより、もともと重賞レベルの能力を感じていたワンブレスアウェイが、ようやく勲章を手にできたのがうれしくて。全姉キャットコイン(クイーンC)と妹のロックディスタウン(札幌2歳S)の間に挟まれ、ずっとプレッシャーを感じていましたが、6歳になって完成の域に達したのがすばらしいところですよ。繁殖入りの期限が迫っていただけに、ほっとしました」
 と、トレーナーは価値ある一戦を振り返る。

 ドバイシーマクラシックや香港ヴァーズを制した底力を伝え、種牡馬として大成功を収めたステイゴールドの産駒。母ストレイキャット(その父ストームキャット)は、古賀師が藤沢和雄厩舎の調教助手だった当時に接したゼンノロブロイの半姉にあたる。

「母系への愛着が深いうえ、ノーザンファーム空港での育成も順調そのもの。見に行くたび、どんどん筋肉が備わり、期待はふくらむ一方でしたね。美浦への移動時に馬運車で暴れたり、性格的なデリケートさを垣間見せていたとはいえ、やればいくらでもタイムが出てしまいそうな手応え。無理なく出走態勢が整いました」

 2歳10月に東京の芝1600mで新馬勝ち。「一瞬のうちに」を意味する馬名通りに、大外一気の差し切りを決める。ただし、赤松賞(8着)はメンタル面の若さを露呈してしまい、折り合いを欠いた。

「なにか影響する要因があれば、目付きが一変するんです。馬が少ない時間帯を選び、根気強くコントロールを教えました。そんな気性でも、体質がしっかりしていて、飼い葉はよく食べます。NF天栄とのスムーズな連携によってフレッシュなコンディションを維持できたのも、コンスタントな成果につながりました」

 着々とレース運びが安定。4着、3着と着順を上げ、8戦連続して連対を果たす。4歳夏に阿武隈Sを勝ち、晴れてオープン入り。ところが、グレードレースの壁は厚かった。新たな課題はスタートにあった。

「普段はかわいいのに、スイッチの入り方が極端です。この仔が入厩する前にも、キャットコインがゲート練習に苦労しているのを見ていて、ずっと細心の注意を払っていたのですが。トレセンの練習ではまったく問題ないのに、実戦へいくと扉が開くのを察して過敏に反応します。どうしてもタイミングが合わなくて。それは歯がゆかったですよ。でも、その都度、なんとしても勝たせたいとの思いも強まりました。かつては蹄に弱点があり、接着装蹄を施していましたが、ノーマル鉄で臨めるように。この間の身体的な成長も明らかでしたしね」

 エリザベス女王杯(11着)まで無念の9連敗を喫したものの、マーメイドS(クビ差の2着)、七夕賞(5着)、オクトーバーS(3着)と枠内の駐立をクリア。愛知杯に向けては、通常はデビュー前にしか課さないスタートダッシュの訓練も積んでいた。

「厳しいレースを重ねても、走るのが嫌にならず、強靭さを増して、キャリアをプラスに働かせたのが立派。ベストはマイルあたりかと思わせたのに、距離も延ばせました。ラストランの中山牝馬S(11着)は厳しい展開に泣いたもの。それでも、悔いのない仕上げが施せましたよ。最後まで精一杯、がんばってくれ、感謝の気持ちでいっぱいです。きっと良い仔を産むでしょうね。夢中になって取り組んできましたので、一緒に過ごした日々を振り返ったら、あっという間に感じていても、たくさんのことを学びました。それをこの生かしていかないと」

 内面まで行き届いた緻密な対処に定評がある古賀ステーブル。「全休日に厩をのぞき、馬と触れ合うのが一番の趣味」という愛情に満ちたリーダーのもと、今後も一瞬の才能開花を追い求め、地道な研鑽を積み重ねていく。